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■2003年10月30日(木)
次なるガイアの声
ガイア上映が終わった日のミーティングで、まるちゃんが「次にガイア3番の英語版を是非、上映したいです。一緒にしてくださる方、募集します」と言った。終わったその日にもう次の事が動いた事は初めてで、驚きと共にとても嬉しかった。
私のひとつの希望はそんな風にあちらでもこちらでも、ガイアの上映が海外でも動き始めてくれる事。
色んな人がそれぞれにガイアの活動をし、私は上映を企画する立場から離れて、時々そんな上映会に是非、伺ってみたいと思っていた。
色々な色の和が出来て、そこから送られるガイアを味わいたいなぁと、上映会を繰り返し行うたびに思っていたのだ。
「美津子さん、又、ガイアをしてくださいね。いつするのですか?」とはよく言われるが、「上映会をしますので、力をかしてくだいね」と言われたことはまだなかった。だから、今回のまるちゃんの申し出はとても嬉しかったのだ。
まるちゃんは、私のHPの守り神である、表紙の菩薩様を描いてくださったアーティストで、約1ヶ月ほど前にニューヨークからロスに移ってこられた。
移って来られてすぐに、ガイアの活動に参加して下さり、ご縁がぐっと深まったのだ。
地味でなれない手作り作業を「楽しいです。感動です」と言いながら、助けてくれた人。その言葉にとても励まされた。
そんなまるちゃんの口から「次なるガイア上映」の言葉が出て、私はとても嬉しかった。
まるちゃん、ありがとう!
まるちゃんが作る、名の如くまあるい和。楽しみです。

■2003年10月29日(水)
☆アホー☆
関西では「アホー(阿呆)」という言葉をとても親しみを込めて使う。「アホやなぁ」って言われたり、自分で思ったり。
最近、この柔らかな「アホー」がどれほど大事かと思う。
アホになるという事は、プライドもなく、力みもなく、素顔の自分になれること。それが大人になればなるほど難しいから。
人に自分の「アホー」をさらせる時、きっと自分は透明かもしれない。透明の自分は人を受入れ、人からも受入れられる。
自分の色をもつことは、素敵な事だと思っている。個性は大事だし、私自身も個性のある人にひかれる。
その個性をキープしながら、時折「透明色」になれる自分が現れればどれほど素敵だろうか。
☆繋がる点☆
なるべく「対立的」な言葉を使わないでいたいと思うのも今日この頃。その為に何が必要かを考える。
比較が生まれた理由はどこからなのだろう?
子どもの時に教え込まれたマルとバツはどこから来ているのだろう?その比較を私たちは頭で叩き込められた気がする。
何が良くて、何が悪いのだろう?何が強くて何が弱いのだろう?
そんな今まで私たちが受けてきた「教育」や「大人の価値観」を越えて、繋がっていく点を探したい。その「点」は必ずあると思う。
それが、「命の記憶」の中に刻まれていると思うのだ。
☆無数のひだ☆
本にしても話にしても共通して思うのだが、「あ、自分はそれはもう知っている。読んだ、聞いた。分かっている」という思い違い。
本当に一冊の本を理解するというのは、多分一回読んだから分かるものでもなく、その人が伝えたい事や、その時に響いてくる事には無限のひだがあり、それはたった一つではないはずだ。
知っていると思っていたけど、それは無数にあるひだの中のたったの一つだと言う事。
そういうことが分かってくると、自分の中に謙虚さが出るのかもしれない。
何を聞いても、例え自分が既にそれを聞いていても、初めて聞くように聞いてくださる人もいる。そして聞けた事に感謝を渡す人がいる。それって、もう、最高にかっこいいと私には映る。アホーの極めつけって「神様的」だと思う。
☆外に求める癒し☆
誰も自分を認めてやりたい。自分で自分が認められた時、楽になれるから。人にいくら認められるより、自分で自分を認めてあげる事ができたら、きっと、安心感に包まれるのだろう。
「癒し」という言葉は今はどこででも使われる言葉になったが、毎日、人の体に触れて、その塊に手をあてる時、この人の癒しはこの人がこの人自身を受入れる事が、最大の癒しだなと思う。
人に理解してほしい、分かってほしいと思えば思うほど、力み、体中が緊張してくる。人に認められる為に自分を酷使するのかもしれない。
人が人に渡せるのは、思いを「聞く事」「聞いたよ」と信頼し、返す事だとディープエコロジーで学んだ。そうして、信頼を繋げて行くことを。
人はきっと、自分で答えを知っていると思う。自分を癒すのは自分という事がわかるまで、私たちは人と人としてどうやって、関わっていくかを学ぶのだと思う。
☆私の中の孤独と絶望☆
若い頃、ずっと人のせいにしてきた自分がいた。「誰も私の事を分かってくれない」と分かってくれない周りの人を責めていた自分がいた。レストランに入っても、多くの人の中で自分の心を分かってくれる人はこの中に一人としていないだろうなどと、思った事もあった。
でも、ある時、そんな絶望と孤独感を通じて、その自分を包む孤独感や絶望感がどこから来るのかに気づけた事があった。
それは、自分が自分を認めてあげず、人に認めてもらうことにばかり気持ちをおいていたことが分かった時だった。そして、表面的には自分の弱みは一切見せず、頑張っていた自分がいた。何故、弱みを見せられず、アホーになれず、頑張ってしまっていたのか?きっと、アホーな自分では人に認められないと、思い込み、ちっぽけなプライドさえも持ってしまったのかもしれない。
一番、自分をわかってあげていなかったのは、この「私」
なんか、ハッとした瞬間だった。私が私に気づき、愛を渡せていなかった事に呆然とした。
☆そして再生☆
そんな気づきを繰返し、自分は外に向けていた思いを自分に向けられるようになっていった。だから、今、40代の私は、10代よりも20代よりも自分と一緒にいる。そして、自分の事をなるべく、自分で聞けるようになっていった。すると、体の感覚も敏感になり、自分の心とも魂とも深く繋がれるようになってくる。
だから、昔のように私の中を覆っていた孤独や絶望はもうなくなった。
そんな感情がきても、すぐに再生できるものを繋げられた気がする。
人生は色んな波があるから、悲しみや辛さも今は結構楽しめるようになってきた。感情は味わう為に訪れてくれる。味わったら、又波のように流れていく。
味わって味わって、私は私の流れの中にいる。
いつも元気で強い「美津子さん」も色んなひだがある。でも、自分のひだを味わえる心のゆとりがもてたことが、人生を重ねる上でいただけるご褒美かもな・・・と思ったりする。
もし、今のあなたの中に孤独や絶望があったら、きっとその声はあなたからあなたへの声かもしれません。それを、一人で聞くのに少し勇気が必要なら、一緒に聞くお手伝いをさせていただきます。
私もそんなあなたと同じだったから。
無限なる愛

■2003年10月21日(火)
☆ガイアシンフォニー上映会☆
日本のドキュメンタリー映画「ガイアシンフォニー」のロス上映会を19日に終えました。ロスでの上映会を初めて行ったのが2000年の秋でした。ロスで数回に渡り行ってきたガイアの上映会を通じて、毎回、学びをもらい、気づきに繋げ、私のライフワークにもなっていくように思います。

☆10代の体験から☆
いつも、ガイアシンフォニー上映会は今回で最後・・・と思って行う。上映会までの約半年近い時間は私はプライベートの時間もガイアモードになっている。多分、心も体もガイア色になっていると思われる。
ガイアを感じ、ガイアを思い、半年の時間が過ぎていく。この映画が好きでなければ、出来ない活動だと思うが、それ程エネルギーも沢山使うけれど、ガイアへの思いは尽きないのだ。
ガイアシンフォニーのシンボルになっているあの青い地球を見ると、私の中の遠い記憶と繋がっていくし、愛しさが蘇る。
14〜5歳の時から繰り返されていた体験。私の右肩後方にぼんやりと浮かんでくる地球の映像。そして聞こえる声は「何か忘れているよ。みんなで思い出す何か。この教室のみんなも、黒板に文字を書いている先生も一緒に思い出すこと。忘れているよ」という言葉。あの声は一体、どこから聞こえていたのだろうか?
私の10代の体験は40代になってロスでガイアシンフォニーの上映会の活動をしている今に確実に繋がっている。

☆映画ガイアのスピリットと☆
ガイアシンフォニーという映画は生き物だと、上映会をはじめた時から感じた事だった。生きている。魂をもっている。それをピリピリと感じる。それがこの映画の魅力にもなっていると思うし、自分がここまで惹かれ、活動を続ける一番の理由かもしれない。
今回のボランティア活動を通じても同じくだった。一人一人が感じる、個人的な問題さえも、ガイアを通じて映し出されてくるのだ。そして、多分、関わるという事は自らの中でそれを感じ取り、気づきに繋げたいと深いところで望んでいるのだと思う。
ボランティアを通て体験し、感じ、それが表面的にどんな形であらわれても、そこにはメッセージがある。それを個々がどう受取るかで、その人の成長が違ってくる。
失敗はないのだと思う。自分がして思った以上にうまくいかない結果が出た時、きっとそこにはメッセージがある。それをどう受取るか。一番大事な事だと思うのだ。全てはプレゼントだから。ガイアのスピリットからの・・・

☆未来への展開☆
2番のロス上映は2001年にも既に行っているので、今年はリピート上映なのだが、少しでもまだ見ておられない方へと繋がれば・・・という思いで行った。リピート上映は現実的な経費を考えるとなかなか難しい問題を抱えながらも、やはりその意義を感じる。だけれど、今回の上映会でもその心を温かく受止め、力を貸してくださった方々に出会えた。
その中でも「ムーンライト企画」と命名し、個人的にこの活動に協力してくださった女性は、私の中の戸惑いや不安を包んでくださった愛の人。
その愛の応援を受けて、私は愛で応えられるようにと決めた。今回はボランティアのメンバーにも多大な時間と労力を出してもらい、何回ものバザーを行い、資金ぐりをした。
「美津子さん、資金面での協力を私にさせてください」と言って下さった彼女の愛ある応援があるからこそ、私は大船に乗った気持ちで前に進めたのだ。だからこそ、そのぬくもりの中で、出来る限りの事をして応えたいと思ったし、お返ししたいと思っていた。
バザー商品は私たちの愛を形に出来たと思っている。地味な作業を通じ、手を使える事の喜びや形になっていくことの嬉しさを味わい。新しい発想や商品の開発という今までにはない経験が沢山出来た。
そして、思う。こうして手を使う素晴らしさをもっと伝えたいと。愛を形にしていくことの大切さ。喜びある仕事を作る事。私の中に未来の新しいビジョンが生まれ始めていた。
☆感動再び☆
上映会はリピート上映にも関わらず、400名ほどの方がお越しくださり、私も観客の皆さんと共に映画を堪能した。私にとっては4回目のガイアシンフォニー第2番。やはり、涙が出る。心が動き、感動がジワジワと広がる。
よかった・・・やはり、決心してよかった・・・と今日の日を思った。
そして、この活動をさせてもらえる、ありがたさを改めて感じていた。
青い地球が画面一杯に広がっていた。
☆ガイア翌日の「たまゆら」☆
上映会の翌日、フィルムを返却し、残務処理に一日負われ、家路に着いた。フリーウエイからいつものようにいつもの道を運転する。海が見えてきた時、目の前に白い2つの球体が現れた。何?と、目を凝らす。よく見るとこの前のシャスタ山で私のカメラに現れた「たまゆら」と同じものだった。白く、透き通り、模様がついている。私は何故か驚かなかった。そのたまゆらは、ずっと消えず、家の前に到着した時もまだ見えていた。車をとめ、ボランティアメンバーの一人に電話を入れた。「今、目の前にたまゆらが見えているよ」と。やがて、たまゆらは色をつけ始め、右が桃色に左が緑となり、やはり透き通って、たまゆらの後に海とカタリナ島が見えている。ゆらゆらとした球体。車から降りて外に出て、じっと見ているとその2つの球体の周りにもいくつもの薄いたまゆらが見え。虹色をしていた。きれいだなぁ。こうしていつもそばにいてくれているのだなぁと、思いながら、私はしばらく、見ていたのだ。
ガイアが終わって、私の中のエネルギーが大きく動いた。そのエネルギーに共鳴して姿を見せてくれたのだろうか?
ともかく、「ありがとうございます。いつもそばにいてくださって」と言葉にした。ガイア上映会翌日のことだった。
☆おしまいに☆
さあ、11月は大好きな佐藤初女さんがロスにこられる。そして、ロスの講演会の後、初女さんとご一緒にシャスタ山に行く事になっている。楽しみはまだまだ続くのだ!
今月の26日(日)はサンフランシスコでガイアシンフォニー2番の上映会も行われる。サンフランシスコは初上映会。是非、北カリフォルニアのみなさん、お出かけください。詳しくは高原操さんのサイトをご覧下さい。
http://www.journeyforsoul.com
きっと、サンフランも沢山の人にガイアの魂が流れ込むだろう。
無限なる愛

■2003年10月13日(月)
☆癒しと憩いの場☆
滋賀に私を招いてくださったのは村川ご夫妻。ご夫妻は私のロスの友人のご両親で、なんとも温かくて愛一杯のご夫婦。メルマガにも愛ある人たちというテーマでお二人のこと、家族の意識を変えた次男坊さんのことを書いた事があったが、そのご夫妻だ。お二人のお住まいは滋賀県彦根の城下町。街並みは昭和初期を思わせるようなたたずまいで、なんともいい雰囲気だ。
村川さんのご自宅は、築80年の日本家屋。ずっとたばこ屋さんをされているけれど、次男坊さんは自宅前の自動販売機に「禁煙」と張り紙をする人。それを笑っているご両親。ご家族はたばこを売っているというよりも、町の通りの中央にあるご自分のお店を「一休みの場」として開放されている。
店の前に長椅子を出し、無料貸し出しの本があり、お年よりたちは買い物途中に村川さんのお店の前で一休みし、おしゃべりを楽しまれる。
村川さんのお宅はいつも人が出入りし、彦根城下町の憩いと癒しの空間になっていると思う。
☆みなさんにありがとうございます☆
そんな素敵なお宅を開放しての「お話会」は広々とした居間で行われた。その日は生憎の雨で、平日の昼間。それなのに、居間は人で一杯となり40人程の方がお見えになっていた。メルマガを読んで来ましたと、浜松から新幹線で来て下さった方もおられた。本当にありがとうございます!
そして、その中に大嶺山護持院 櫻本坊 ご住職がおられたのだ。村川さんから今日はご住職がお見えになると聞き、私は「それって、私が話を聞く方で、ご住職がお話される方ですよ〜困りました〜」と。でも「いえいえ、住職は是非お話を伺いたいとおっしゃって。宗教という世界だけでなく、今まで自分が知らずに来た世界も勉強したいと。宗教の枠を越えていきたいとおっしゃっているのです」と言われた。
多くの人がそのご住職の前で体を横たえ、住職にまたいでもらう事で邪気がとれると訪れると聞いた。そんな事を聞くと、またまた緊張してしまう。
それにしても、この滋賀の講演会は会社経営者や医者の会から始まり、今まで私の周りにはいなかった人たちが集まる、自分試しの場となった。
☆場と人の導き☆
居間が参加者のみなさんでぎっしりとなり、私はいつものように頭を空っぽにして何も考えずに、自分の深い所の声に任せてお話をさせていただいた。村川さんのお宅の温かさと来ておられるみなさんの純粋さが場を作り上げていた。
そして、最前列にご住職はきちんと正座して参加されていた。40代のまだお若い住職様だった。
場に導いてもらったような時間が流れた。気持ちよくお話が出来る。緊張感は全くなく、湧き出るように話が出来た。みなさんの目がキラキラし、心が繋がっていくのがわかった。あ〜、ひとつになっていく。その感覚を味わっていた。
☆同じ世界に☆
1時間半のお話を終え、村川さんから「是非、ご住職にも少しお話をしていただけませんか?」との要望でご住職がお話をしてくださった。第一声が「美津子さん、是非、美津子さんのお話をうちのお寺でしていただけないでしょうか」だった・・・
驚いたが、ご住職は何度もお願いされた。私はなんとも唖然としていた。
そして、ご住職がお話をされていることを聞きながら、私は心の中で感じた。「あ!この方、仲間だ!」と。本当に素直にそう思った。心の中で私はご住職に握手を求めていたのだ。「あ〜!あなたと私は一緒!同じ世界を感じてる!」と。何とも身のほど知らずかもしれないが、私は素直にそう思った。
☆それぞれの場から☆
人にはそれぞれ与えられた場所がある。ご住職にはご住職の場が。私には私の場が。でも、ご住職がお話された事は命の繋がりを体感する事であり、自分達の中に眠っていることを思い出すという事だった。修業というのは、そういう事だとお話された。険しい山に入る事、滝に打たれること、どれだけ長い道のりを歩きつづけるか、そんな厳しい修業を積んだからと、悟りがあるわけじゃない。それは山に入り自らの中に思い出す為にあるのだと。思い出したことを生活の中で生かさなければなにもならない。それを里の行といいます。と言われた。「里の行」という言葉があるのだなぁと思い、このご住職が「宗教」という枠を越え、謙虚に自ら学ぶ為に足を運ばれている姿に感動した。
ましてや、どこの誰かもよくわからない私の事を、何か感じてきてくださったその行動力。ご住職がお話された時の声はたまらなく響き、美しかった。「いいお声だなぁ」と聞き入Pっていた.
☆あつし君☆
そのご住職の元で現在修業の身にあるのが、村川家の次男坊、あつし君だったのだ。彼が私が村川さん宅でお話の会をする事をしり、彼も山から降りてきてくれた。あつし君がご住職に私の事を話し、ご縁を繋いでくれたのだ。
そして、あつし君とも初めてお目にかかり、二人でゆっくりお話する時間ももてた。どこまでも純粋なハートの持ち主だった。でも、彼が抱えている思いや、彼の人間臭い部分も見せてくれ、何故か安心した。
あつし君とは又ゆっくり会いたいなぁ。きっと、またいつか、どこかで会えるだろう。
あつし君、大切なご縁を繋いで下さり、本当にありがとうございます。あつし君がいつも使う言葉「また、愛ましょう!
☆おしまいに☆
出会いがどんどん広がり、最近の兆候は色々な男性とも出会う。もっともっと枠をはずして、色んな人と出会いたい。
素敵な人は沢山いる。素敵な表現も沢山ある。
素晴らしいと思うことは、素直な心でみたい。それがひとつの宗教であっても、私が宗教に属していなくても、繋がれる共通した部分がある。
「宗教」という枠をはずし、手を繋ごうとしている人も増えている。「宗教」という枠を作り、手が繋げない人もいる。
結局は自分の囚われや枠なのではないか。もっともっと、自由になれたら!と、思う。きっと、不自由にしているのは、自分自身なのだろう。
今、自由という感覚を体一杯感じている。幸せだ!

■2003年10月1日(水)
☆水を感じる人たち☆
大阪で私のマッサージセッションとワークショップをオーガナイズしてくださったのは、今年シャスタでお目にかかった薬師寺裕子さん。

彼女のお家を提供してくださり、個人セッションを2日間させていただいた。裕子さんのご主人様はアーティストで、なんとも美しい透明感のある造形作品を作られている。水、くじら、いるか、オルカ、天使など彼の感性は水のように流れ美しいと感動しました。


こんな作品が並ぶお宅でのセッションでした。裕子さんもご主人様も水を感じさせるように爽やかで、2日間私は気持ちよく過ごさせていただきました。本当にありがとうございます。
そして、私はご主人さまの作られた天使の羽の前にたって〜、透明の羽をもつエンジェルにさせてもらったのです〜!

薬師寺さんのHPは下記のとおりです。素敵な作品がご覧いただけますよ。是非どうぞ!
http://www.harakara.com
☆大阪で出あった女性たち☆
マッサージセラピーやヒーリングに関わっている方々、又これから志す参加者が多かった大阪でのワークショップは女性対象で行った。30代の参加が中心となった今回のワークに私はみなさんの未来の希望や夢を感じた。「自分らしく生きたい」「自分の道を進みたい。探したい」そんな思いが流れていた。
「私の中の菩薩に出会おう」と題したように私は今、ずっと女性性の開放と癒しをテーマにしている。私たちの大切な臓器である子宮に意識を置く事、そこに素晴らしい不動の情報が詰まっている事、エネルギーが眠っている事を思い出したいからだ。冷たくなった私たちの子宮を温かく、優しく、エネルギッシュに蘇らせる為には先ずは自分が自分の体と繋がる「意識」をもつ事だと思っている。そんなレクチャーとボディワークを行った。体を使ってのエクササイズやダンスは静と動が入り混じり、人とのタッチングを味わう事で人間関係の鍵さえも見えてくる。人の体に触れる仕事をしている多くの参加者のみなさんと、人と自分の距離を通じ、どうすれば人との距離を心地よく威圧感なく人に触れられるか、感じてみたかった。
ただ、私たちは忘れてしまっているだけなのだ。大切な繋がりを。自らの体への繋がり方。人との繋がり方。自然との繋がり方。ただ、忘れてしまっているだけ。それを思い出したい。思い出せれば、溶け始める。その鍵のかかった扉を私はノックしていると思っている。
☆私の中の枠☆
滋賀での講演会は2箇所で行われたが、最初に依頼を受けたのがなんと、普段私が伺う事がないような60代の男性ばかりの会だった。会社経営者と医者が中心となった男性のみの会に私は講演依頼を受けていたのだ。まいった〜!いつも女性ばかりと話をしている私にとっては、なんとも苦手な世界。「だって、男性って頭が固くて、左脳で話を聞くからなぁ〜」と勝手に思い込んでいた私。その私の枠を飛び越えられるか?と、まるでお試しを受けたかのようだった。
私は講演会の前に思わず、信頼する男友だちに電話を入れて、「今から男性ばかりの講演会なのよ。どうしよう〜」と泣き言をいった。彼は電話口で笑いながら、「みっちゃん、当日まで男性対象の会って知らなかったの?呑気だなぁ〜そりゃ、大変だねぇ。でもね、みっちゃんは、みっちゃんを表現すればいいわけで、聞きに来ている人に人生の選択肢を与えるって事だと思うよ。日本の男性は、会社の中で生きて行く事には、不安や迷いは少ないとおもうけど、その会社を離れ、ただのおじさんになると、不安や迷いが出てくるのですよね。けして、顔には出さないし口にもしないけどね!密かに「そっか〜」なんて思ったり、娘に、みっちゃんから聞いた話をしていたりと色々だと思うよ!だから、いつものみっちゃんでガンバレ!」と言ってくれた。なんだか、安心して講演会場い向かったのだ。
参加者は70名。全員背広にネクタイの姿で待っておられた。「美津子さん、あなたが普段女性に話しているように話してください。どういう事が女性に受け入れられ、女性の心が動くのか、自分の妻や娘が何を感じているのか、美津子さんのお話から知ることができればと思います。」と会の代表は言われ、そうか・・・男性に向けて・・・と意識しないでも、私は私でいいのだな。じゃあ、いつものように頭を空っぽにして、感じているままにお話させてもらおうと、おむすびへの思い、食についてアメリカ社会について、そしてその繋がりと日本人の魂について私の感じるままをお話した。
話が終わると数名の参加者が私の元に来てくださり「心にしみました。」「いや〜、忘れていましたよ。そうですよね」というフィードバックを頂き、ありがたかった。
会の代表の方は「米倉庫に入った時の事を思い出しました。米に包まれるととても温かい。あの感覚が蘇りました。」と後でみなさんにお話されていた。又、「やはり自分の中にはおむすびが生きていて、早朝登山に出かける時は、家内といつもおむすびを用意していく。どんなに早くてもおむすびをもっていく、そんな自分がなんだか嬉しかったのですよ」とも話してくださった。そんな素直な心を話してくださる男性たち。
男性だから女性だからという枠をもっていたのは、私かも・・・ご縁のある場所には枠をはずして伺おう。それが私育てなのだ。与えられた場なのだと思った。
☆おしまいに☆
全ては必要で巡っている。必要だから与えられ、出会う。その時期は自分では決められない。私には決まった神様はいない。決まった宗教ももっていない。でも、私には信じる心が育っている。
人が人を育て、見えない存在が誘導するような、まだ正確に言葉にできないけれど、確かな何かが私の中に生きている。次回は滋賀での住職様とのご縁について書きたいと思います。最後までおつきあいくださり、ありがとうございます。

■2003年9月29日(月)
9月はほぼ1ヶ月、日本滞在でした。約半分は仕事になりましたが、とても楽しく新しいご縁を繋げて頂いた今回の日本。やはり、日本人の血が自分の中に流れているのを実感、日本のよさ、日本人の素晴らしさを感じるいい旅でした。
各地でオーガナイズしてくださったみなさん、改めてありがとうございました。そして、初めてお目にかかった沢山のみなさん、出会いをありがとうございました。今回は日本での旅を書かせていただきます。最後までおつきあいくださいませ。
☆アメリカから日本へおむすびの思いを運ぶ☆
今回、何故か私へ「おむすび講集会」をしてほしいとの依頼があった。小さなお子さんをお持ちのお母様対象のクラスが茨城方面で4箇所行われた。ロスから私がおむすび講集会に伺う・・・ふむふむ、何か不思議〜。みなさん、何を求めておられるのだろうか?と考えながら、我師の佐藤初女さんにお電話でご報告させていただく。おむすびと言えば初女さん!私も初女さんからあの祈りのこもったおむすびを教えていただいた。
おむすびでテロの時に気持ちを落着けた事は日本人でよかったと強く思った事だった。私なりに学んだ事を私なりの言葉で伝えさせていただこうと。初女さんに励まして頂いて、私はおむすび講集会へと向かった。こちらでのオーガナイズはロスで2年間ほど私のクラスに参加して下さっていた中野ともこさん。ともこさんの新築のお宅は木の香りが一杯。そちらで滞在させていただき、優しいご主人、かわいい二人のお子さん達と楽しく数日間を過ごさせていただいた。日本に帰られてからもこのような形でご縁の糸が繋がり、ありがたい。 
☆泣いているお母さんたち☆
おむすび講集会では、沢山のお母さんたちとお目にかかった。おむすびを結ぶ前に命のこと、食のことをお話させていただいたのだが、何人もの方が泣いて聞いておられた。私は思わず、目頭を押さえておられる若いお母さんの元に行き、彼女を抱きしめた。小刻みに震える肩を抱きしめながら、頭を撫でていると、彼女は小さな子どもになっていくようだった。あちらにも、こちらにも泣いているお母さんたちがいた。その姿を見ながら、心の中で「あなたの事も抱いているからね」と思いながら私は話を続けた。
あ〜、お母さんたちが泣いている。その彼女たちの中にある、子どものような思い。癒されきれていないインナーチャイルドを見た気がする。
いいんだよ。泣いてもいいんだよ。子どものように泣いてもいいんだよ。そんな思いで私はお話をし、ハグを交わした。

☆女性が幸せに・・・☆
女性の真なる幸せと健康を・・・そんな思いで私は活動をしている。どんな人も女性から生まれるから。だから、女性の真なる開放と癒しを願う。女性が真に目覚め、健康を取戻せば、私は地球は変ると思っている。真剣にそう思っている。だから、同じ性をもつ、女性として癒し合いたいと思っている。
初めて出会った多くの女性たち。泣ける事は恥かしい事じゃないことを、泣ける自分を喜んであげてほしい事を、伝えたかった。
多くの若いお母さんは、純粋な子どものように見えた。講習会にご参加くださったどの方も、瞳は真剣でキラキラとしていた。そんな若いお母さんたちにお目にかかれたこと、嬉しかった。

女性が本当に抱いてもらっていない気がするのだ。お母さんからもご主人からも。癒しの最初は誰かに抱いてもらう事。その実感を味わう事。愛されている事の実感を味わう事。それが大切だと思う。
もし、私でよければ、私はハグを渡したい。それで少し何か渡せるなら・・・
みんな、触れてほしいと発信しているのが痛いほど感じられた。
泣いてもいいんだよ。そう、お母さんたちにハグで伝えた旅の始まりとなった。
お世話をして下さった中野さんをはじめ、スタッフのみなさん、ありがとうございました。

☆おしまいに☆
今回の日本は沢山のことがありました。第一回目はおむすび講集会でお目にかかった若いお母さんたちの事を書かせていただきました。まだ、屋久島での事、滋賀でのご縁、大阪での女性対象ワークショップの事、どれも印象深いので一つずつ書いていこうと思います。
出あったみなさん、ありがとうございます。

■2003年9月2日(火)
☆ご縁の数珠繋ぎ☆
去年に引き続き、魂の姉妹、高原操ちゃんがサンフランでのマッサージセッションを企画して下さり、3泊4日の泊り込みセッションを行った。サンフランは何故かとても懐かしく、出会う人たちもみんな懐かしさを覚える不思議な土地。「美津子さんはサンフランがあいそうだから、こちらでヒーリングルームをもてば〜?」と、言ってくださる方々もおられるほど、確かに波長があう。
今回、マッサージの場所を提供してくださったひさこさん

と今年素敵な鍼灸のオフィスをもたれたゆうこさんの心あるご協力で、気持ちよく仕事をさせていただいた。お家や鍼灸のオフィスをこの為に開放して下さり、「来て下さって本当に感謝です。」とのお言葉を何度も頂き、なんと愛ある環境でヒーリングが出来るのかと、感謝が巡り巡っていた。

3泊4日の間、ひさこさんとゆうこさんは全ての食事を作ってくださり、それが私の原動力ともなり、朝10時から夜の10時までぎっしり、埋まったセッションも信じられないくらいの快調なエネルギーで行う事が出来た。
改めて、ひさこさん、ゆうこさん、ありがとうございました。
そして、セッションを受けに来てくださったみなさんと溶け合うように意気投合し、最終のセッション後の夕食は毎食何人もの方々が残られ、一緒に食事をしながらまるで昔からの友人のように語りあった。不思議で楽しいご縁の数珠が繋がった。
☆シャスタ・闇と光☆
そして、2泊3日のシャスタワーク、今回はテーマが「私の中の菩薩に出会う」と題した。10人の女性でこのワークを展開させる。どんなご縁でこの時に集まる魂たちなのか。いつも全ては必要必然の事しか起こらない。
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今回のワークは私も初めて訪れる洞窟からだった。私の中では、洞窟は子宮のイメージとしてあり、どうしてもここからはじめたかったのだ。真っ暗な洞窟で私達が感じる事は何なのか?闇の中にあるものは・・・
洞窟に入るとツーンとした空気と神聖なエネルギーに包まれた。そして、私は涙が溢れそうになった。理由はわからない。胸が一杯になってくる。何かに包まれている感覚。誰かが包んでいる感覚。洞窟という闇の中で感じる愛。
「洞窟に触れてみて・・・岩に土に・・・触れてみて、感じてみて」と、私は誘導した。みんなは暗闇の洞窟を手探りで静かに動き、たたずんだ。
闇は恐怖をもたらすものかもしれない。でも、私達の中には全く恐怖はなかった。みんな何かを感じている。思い出している。
光に向かって歩き出す。洞窟の向こうにある光に向かって。自らの足で歩く。光に向かって歩く。私は自分が一匹の精子になった気持ちがした。そして参加者のみんなも同じ仲間の精子。精子たちが光という卵子に向かって泳いでいる。そんな気がしたのだ。それは、助け合い、協力し合い、決して競争ではなく共存して生きているように感じられた。光に向かって歩きながら、私は命の共存を体感していた。
私はチベタンベルを鳴らしながら、誘導をした。洞窟の中にチベタンベルが鳴り響き震動する。その震動は何かと共鳴しているように響き渡る。その何かとは・・・まだ、わからなかった。
☆リリース☆
光が見え始め、私たちは体中で光を浴びた。全身光に向けて浴びきった。
和になり、手を繋いで座り込む。言葉より先に涙が出る。みんなが泣いている。何かが震え、揺れ、動いている。涙と共に体から流れている。
泣きながら、一人一人がシェア-をする。泣いている人の体に触れながら、私は話を聞いた。抱きしめながら、幼子のように頭を触りながら、話を聞いた。皆が泣いている・・・始まったばかりのこのワークでもう、深く深く気づきと体感を重ねていた。
洞窟から出た時、信じられないくらい体が軽くなっていた。体から何かが抜け出たかのような軽さだった。この感覚は「浄化」だと思う。絶対なる安心感の中でリリースされた感情や思い。「愛されているんだ」と感じられた世界。もう、今回のワークショップは完結したようにさえ思えた。あとは、シャスタの光を一杯浴びて、ただただ受けつづければいいと思った。楽しんで、子どもように。安心して遊びなさいって、大きな母の愛が語りかけてくれた。
☆光浴びて☆
温泉にお花畑に湖。
どこも素晴らしい。光が一杯、命が一杯。浴びて浴びて。ただ浴びつづけた。
夜は火星を見に出かけたが、赤く光る火星と共に、私達が息をのんだのが天の川だった。なんと美しく長く伸びたミルキーウエイ。感嘆の声はやまず、夜の光もこんなに浴び、地の光、天の光と降り注いだ3日間。
どこまでも、与えつづけてくれるシャスタのエネルギー。


☆現れたマンダラの世界☆
今回のシャスタで、私のカメラには素晴らしいものがいくつも現れたのだ。
それは、「たまゆら」と言われるものだけれど、丸く透明なたまゆらは、全てに色がついており、模様が浮き出ていた。それはそれは美しく、神聖でマンダラの世界だ。

たまゆらとは日本神話によれば、伊邪那岐命が天照大御神に高天原統治の神勅を与える際、その証として自らの分魂を球(御頸球)に宿し、ユラユラと振り鳴らして、大御神に授けたことが『古事記』に記されています。 古神道では「たまふり」とか「たましずめ」と呼ばれる鎮魂の行法がありますが、いずれも自分の内に秘められた霊力を甦らせるための秘術と言われています。また、神社や神体山など、聖なる場所で写真を撮ると、時々、不思議な丸い形の霊光が映ることがあります。この霊光を、その聖地に出現した「神霊」だと考えるそうです。
それにしても、このすごいエネルギーの世界を是非、みなさんにお見せしたいと思います。
操ちゃんがどなたにもご覧いただけるように、私のとったたまゆらと操ちゃんがとった湖での七色の光をフォトアルバムにしてくれましたので、是非ご覧になってください。
http://f1.pg.photos.yahoo.com/misao_t
拡大してご覧になるとたまゆらの色や模様も見られると思います。


☆共鳴するエネルギー☆
今回、わかった事はこのたまゆらは何かのエネルギーと共鳴するように感じました。同じ場所でも現れる時と現れない時があり、私たちの場合はエネルギーが発散され、心がとてもピュア-な状態になっている時、たまゆらが沢山表れたように思います。たまゆらは洞窟でものすごい量が出現し、ホテルのワークショップの場所でもワーク中に美しく現れ、滝では滝に向かって祈りと印を組んだ後に現れました。

洞窟で包まれたあの絶対なる安心感は、闇の中に生きるこの光だったのかもしれません。
インディアンたちはこの洞窟で出産を迎えていたと、聞きました。聖なる場所として扱われていたのです。
☆2つの出来事☆
全ての場所で感謝を捧げ、出入りをさせていただきました。
私たちは愛され、守られている。そんなメッセージは色々な形であらわれ、初日、洞窟に向かう時、1車線道路を左折しようとする私たちの2台の車に後方から、ものすごいスピードで私たちを追い越し抜けきろうとした車がありました。それは、危機一髪の世界。あの瞬間、「慎重に進みなさい。あなた達は守られています。私たちはここにいます」と言われた気がしました。何を考えあのような運転をして走りこんできたのか・・・ギリギリすれすれの所で、私たちを追い越し、横切ったあの車。これが最初のメッセージでした。そして、2日目のワークが終わってホテルに戻る時は、ホテル近くに鹿が静かにたたずんで待っていてくれたかの如く、現れてくれました。
「無限なる平和」この両極端に現れた事も今回のワークを象徴したかのようでした。
☆全て贈り物☆
見えないものが見えた今回のシャスタ。そこには、見えるもの、見えないものその両者で生き、守られている現実を思います。見えるものと見えないもの。闇と光。全てはギフト。
今回のワークのテーマ、菩薩。正しく紐解くように日本からは親子でご参加され、参加者みんなのおかあさんが現れました。天使のようにみんなの周りを走っていく10歳の男の子も今回は私たちの和の中にいました。
母をもち、母となり。私たちは一つの家族のようでした。亀裂していた母子関係、満たされきれていない母との関係、自分の中の芽生えきれていない母性。
全て現われ、愛に包まれたワークでした。

私は、この闇の中の光の意味をこれからじっくりと時間をかけて、体に落としていこうと思っています。とても、深いメッセージを受取っています。この肉眼で見せられた事実を私なりに受け止めていこうと思っています。
そして、私は本当に本当に恐怖が離れていくようです。大丈夫なんだよ・・・という絶対なる愛を見たからです。
どこにいても、それはあるからです。
感謝の思いがあふれます。
全てにありがとうございます。

■2003年8月7日(木)
縁
私はよく「ご縁」という言葉を使うけれど、住む場所も出会う人も職場も全てご縁で繋がっていると思う。そして、そのご縁は必要必然の時期にやってくる。
だから、その「ご縁」には逆らわないようにし、意味ある巡り合わせの意図を味わうようにしている。
人生は「列車」の如く、肉体がなくなる終着駅まで走りつづける。その間に私達は色々な駅で止まり、スピードを増したり落としたり、修理をしたり、連結したり。私の列車に乗り込んでくださるお客さんはその時々に変化し、込み合ったり空いたり、乗車されたり、下車される。一度下車して、ずっと先の駅で再び乗り込まれることもある。もう、お目にかからないこともある。終着駅までずっと乗られる方もいる。しかし、最後の終着駅から先への車庫には誰もご一緒できない。
そんな列車の旅が私が思う、「ご縁」なのだ。下車駅はそれぞれ違う。必要な駅が各自にある。
そして又、私も乗客となり、誰かの列車に乗り合わせる。私のいる駅から、私の降りる駅まで。列車のお世話になる。
ずっと私の列車に乗っていてほしくても人には自分の下車駅があるように、私も私の下車駅がある。
それが自分の道なのだと思う。
縁が濃くなったり、薄くなったり。
出合ったり、別れたり。三次元レベルで考えると、分かりにくい事も多いけれど、それらも全て必要必然の魂の学びと成長に関わっているように思う。
必要だから出会い、学び、共にすごし、又別れ・・・
一人では生きてはいけない私達。でも、私達はやはり自分の列車を走らせているのだ。自分自身で。
乗り合わせ、助け合い、励ましあいながら、どんな感情も味わう為にやってきて、味わいきったらリリースさせる。
きっと、それは必要な事。私達が理解する以上に大きな宇宙のサイクルの中で完璧に仕組まれた、生の法則。
私は妻でもあるけれど、やはり自分の列車は自分で走らせなければならない。最終駅の向こうまでは誰も乗り合わせてはくれない。
だからこそ、それまでご縁ある人を大切に大切に・・・
私の列車を走らせて、多くの列車に乗り込みもしたい。
45歳の今。人生折り返しは過ぎたようだ。私は生きている事が楽しい。そして、終着駅の向こうも又、楽しみなのだ。

■2003年7月29日(火)
生き生き!ファーマーズマーケット
週に2回、8時から始まるファーマーズマーケットは実に楽しい。野菜も果物もお花も所狭しと、並べられる。農家から直接販売される野菜たちは新鮮で、ピンピンしている。
私はここでとても元気になる。命を一杯、感じるからだ。
ロスにいると助かる事は日系の農家の方もおられるので、日本の野菜が手に入る。この夏のお気にいりは「シソ」
一束、50セントというお手ごろな価格で二人では食べきれない位の量になる。私は和風ハーブが大好きだが、日系のマーケットに行くと、数枚がパック詰めされ、結構なお値段。だから、このファーマーズマーケットでの大きな一束のシソを買う時はワクワクとする。
ガイアのバザーでもここのシソを一杯買い込み、香草ソースを作り販売した。

今日、私が作ったのは写真のような「シソジュース」このきれいなルビー色。飲む前にこの色を見ただけでもうっとりとする。お砂糖は使わず、蜂蜜とレモンで味を整えた。大鍋でたっぷり作ったジュースの元は、常温で1年も保存がきく。味見をしてはニッコリとなりながら、保存用のビンに詰めていく。
自然が現す色は何故、こんなに美しいのだろう。
今日、買ったオレガノの薄紫の小花のかわいい事。このかわいい花を誰が地球に誕生させたのだろう。
季節季節の野菜や果物も、色とりどりの花も。自然のサイクルにそって私たちの目の前に現れ、命の輝きを見せてくれる。

それを手塩にかけて作ってくださる農家の方々。
シソを売られるファーマーズマーケットのおばちゃんに「この前のシソもとってもおいしかったよ」と言うと、ニッコリ嬉しそうに笑い、オレンジをおまけしてくれた。
ファーマーズマーケットの野菜たちと交流したら、正直、普通のマーケットに行く気持ちにならない。躍動感が違うのだ。
元気になる場所!命一杯、生き生き輝いている場所。
それがファーマーズマーケット!!

■2003年7月24日(木)
ガレージの中の癒し
先日のガイアのバザーでは商品販売だけでなく、マッサージの提供も行った。場所はバザー会場のガレージの中。時間は一人15分。
このような状況と時間でヒーリングをした経験はないのだが、今回は特別に出来る事のひとつとして組み込んだ。
仲良しの友人がそのガレージヒーリングを体験しにきてくれた。数日前から高い熱を出し、今回のバザーにもこれなくなったとメイルをもらっていたのだが、バザー当日の朝に電話がなり、「どうしてもみっちゃんに体を触ってほしいから行きます」との事。
さて・・・ガレージヒーリングはどうなるのだろうか?と思ってお迎えした。
久々に再会した友人をマッサージ台に誘導し、彼女の背中に手を置く。もう、その瞬間だった。スイッチが入ったようになり、私は深い瞑想状態になった。ここがガレージだろうが、いつもと違う環境であろうが、人が回りにいようが、一切問題なし。私は彼女との二人の世界に深く入り込んでいった。
手は自然にいつもしないタッチのヒーリングをし始める。滞りを感じる仙骨に気を送り、脊髄を通じて、上げようとしていた。片方の手で仙骨を片方の手は彼女の手に。エネルギーを呼び合っていた。
まるで、私以外の誰かが行っているかの如く、手は自然に誘導されていく。私自身は深い瞑想状態に入っている。それは私もとても心地いい状態だった。
彼女の体が震えてる。彼女が泣いている。体が何かをキャッチしている。
短い時間のガレージヒーリングが終了。
私はいつも自宅のヒーリングルームで行うセッションと同じ位の満足感を得ていた。時間が足りないと感じる事は、全くなかった。
いつも行う海の見えるヒーリングの部屋。それは私にとっては、大事な安心する神聖な仕事場。しかし、それは環境が整えてくれているものではなかったと
、今回気づかされた。
そして、普段は車や物置に使用されているガレージであっても、その場はみんなの気が充満していたし、大切に心を込めた商品を並べさせていただいていた、生きた場所だった。だからこそ、愛で一杯のガレージだったのだ。
より自分を手放し、集中する事によって、場はどこでも神聖なエネルギーとつながり、同じ働きをしてくれる。聖なる場所というのは、そういうものなのかもしれない。今回のバザーは、私個人にそのような気づきも与えてくれた。
これからは、いつ、どこでも今、手が必要としてくださる方に出会った時は、惜しみなくある時間を使おうと思えた。
それが例え5分でも、5分を精一杯。
時間じゃないもの・・・
あの深く、移動する私の中の次元。まだまだ自分にも知らない深い世界があるのだけがわかる。深くて無限に広い、世界が・・・

■2003年7月22日(火)
達成感
19〜20日とガイアシンフォニー上映に向けるナチュラル手作り市を開催した。全てボランティアのメンバーと共鳴して下さる方々がもちよってくださった手作りのものばかり。
海外でガイアシンフォニーを上映するには、経費もかかる。全てボランティアの活動とはいえ、現実的な経費は避けられない。その為、協賛企業を募ったりもするが、今回は自分たちでどこまで力が出せるか、納得のいく手作り品を作ってみなさんにご紹介しようとバザーを開催した。

商品を決め、買出しに行き、制作、パッキング詰めから値つけと、2本の腕と10本の指はフル回転。でも、実際手作りをはじめると、ワクワクとしてくるのだ。自分の手をかけたものが形になるって、なんて素敵。
準備段階はネコの手も借りたい状態に陥っていたが、目一杯になった時、活動に共鳴してくれる人が作ってくれた作品が届けられると、そこに詰まった愛情が感じられ、さ〜〜っと疲れが取れる。あ〜、愛こそ癒しだなぁ。と、そして愛ある手作り作品はやはり嬉しいなぁと、又元気になり頑張れた。

メンバーも作品つくりに熱中してくれた。まるで我が子を育てるが如くだった。食べ物も雑貨も全て生きていた。40年生きているぬかどこを使ってのぬかづけは、正しく生きた食材。丁寧に心を込めてつけてくれたメンバー。味は格別!
どの作品とも私たちは会話を交わして作った。どれも自信をもって、みなさんにお求めいただけるものばかりだった。好きなものを形にして、人に届ける。
気に入ってくださったお客様は何度もリピーターになって、お店に来てくださった。「こんなボランティアを手伝いたい」との声も頂いた。
いつも、思う事。ガイアシンフォニーという映画は生き物。この活動に関わると、必ず今の自分が現れる。ある流れが起こる。それは、関わるメンバーによってもあるだろうし、もっと大きく関わってくださる色々な人たちによっても作られていく。ガイアはエネルギー体なのだ。だから、苦労はあっても充実し、深い喜びが得られる。

活動もそろそろ中盤線。まだまだガイアは動いている。関わるメンバーの心も気づき、変動、進化を繰り返す。
ガイアの中に自分を見、ガイアと共に呼吸をする。
母さん、ガイア!みていてね!
沢山のご協力と愛を本当にありがとうございました!
又、来月もお店を出しますよ〜!
ライブはいつも楽しい。私は型にはまった事をするのがどうも苦手。いつも感じるまま・・・こんなパーソナリティは時にちょっと困りものでもあるが、クッキングクラスも先にレシピを渡さないようにしている。以前は皆さんにレシピをお渡しして、そのとおりに今日はお料理する・・・といったクラスだったが、どうもそれが苦手で自分らしくない。なので、今はその日に感じるままに料理を作る。みなさんもそのライブに参加していただく。レシピはクラスが終わってから出来上がったものをお渡しするという、逆タイプ。
私は全てを楽しみたい。出来るなら手を使った世界で楽しみたい。
だって、私は今、この瞬間生きているから。他の命たちとライブでやりとりしたい。その方が楽しい。
ガイアの活動もライブだから、楽しい。メンバーの心もライブ、その家族もライブ。だから変化し、成長する。人と人が関わる事は実に楽しい。

■2003年7月8日(火)
−このダイアリーはメルマガ31号で掲載致しました。−
夫、トニーが40日間の海外から昨日、戻ってきました。元気一杯の笑顔に安心しました。離れる時間があっても、こうして戻ってきてくれる家族がある事は幸せだと思います。
みなさんにも、離れていても繋がっている大切な人たちがおられると思いますが、そんな関係があるって何よりですよね。
先日、日本から来られたお客様が体験記を寄せ下さいました。私と同じような世界を志す方も多く、最近はそういった方々が起こしになる事が続きます。
人の体に触れる。癒しのお手伝いをする。
それは、きっと、自分自身へのプロセスでもあると思うのです。自分を大切にすることから全ては始まるから。
不思議なものを見たという彼女のフィードバックを、ご了解を得ましたので、今日はご紹介させていただきます。
☆マッサージ体験談☆
私が美津子さんと出会ったのは、今から3年程前だったと思います。
その時私はOLをしていました。友人の紹介でお会いしたのですが、初対面と思えない程意気投合し、朝まで色々語ったのを覚えています。
あの頃の私は自分について色々悩んでいる時で、暗中模索している時でした。そんな時、彼女の生き方をお話して頂き、とても励まされました。
月日は経ち、自分と対話して行く中で、私は何をどうしたいのか?
自分に問い質した時に、『自分は自分でいいんだ。このままでいいんだ自分次第で人生を変えることができるんだ』って事に気づきました。
人に何を言われても、自分が気付かなければ駄目なんですよね。
(悟りとでも言うのでしょうか。。。)
この事に気がついた時、自分がとても楽になれたのです。
この時に、私だけでは無く多くの人達が自分の事で暗中模索して悩んでいるのであれば、少しでも、人々の身体が楽になれるのであれば。。。と『マッサージの仕事をしていこう』と思ったのです。
『ストレスの多い現実社会、何か人の為にできないか。。。?』
”人を癒すことができる”ってすばらしいことだと思ったのです。
マッサージには色々な種類があり、自分にあったスタイルを色々探している中で、美津子さんのマッサージと出会った時に『何かが違う』と感じたのです。
それはとても衝撃的でした。『手』というのは不思議な物で、その人の感情や
情熱が伝わってくるんですよね。ただ単に凝りをほぐす為のマッサージはマッサージをし終わった後に『気持ちが良かった』 『楽になった』で終わるのですが、彼女のマッサージを受けている時に、あの時に自分が感じた、『自分は自分でいいんだ。自分次第で人生を変える事ができるんだ。大丈夫。
自分に自信を持って頑張って』というメッセージが伝わってきたのです。
セッション中は心からリラックスする事ができ、メッセージを受け取った後は
再確認できた喜びで、嬉しくて涙があふれてきました。
その時に、心からの『癒し』について学ぶ事ができたのです。
これが私の求めていた『癒し』だと痛感しました。その時の感情は今でも鮮明に覚えています。
この『心からの癒し』を深く追求したく、美津子さんにお願いして彼女のマッサージを見学させて頂きました。その時に私は不思議な体験をしたのです。
彼女のセッションが終わりに近づいた頃、彼女の身体から菩薩様に似た顔立ちの何かが、すーっと彼女の身体から離れていくのを見たのです。
今までに、このような体験をした事がなかったので、それはとても驚きました。
後で彼女のHPがあることを聞き、そのHPを拝見した時にまた驚いたのです。
HPの表紙にあった菩薩様の絵が、あの時彼女の身体からすーっと現れた菩薩様の顔立ちにそっくりだったからです。
どう表現して良いのか分かりませんが、その時に『彼女の癒しはここから来る』と感じたのです。
私も今、『心からの癒し』を求めてヒーラーとして始めようとしています。
このストレスの多い現実社会の中で、この『心からの癒し』を求めている人々が多いと感じています。
私も、あの時に衝撃を受けたあのマッサージを人々に伝えて行きたいと思って
日々頑張っています。
この、『心からの癒し』を気付かせて下さった美津子さんに、感謝しています。
E.W
☆おしまいに☆
私の体から抜け出た、菩薩様・・・
そのお話を伺って、とても不思議な気持ちにもなりましたが、ただ、私にとっては、人の体に触れている時は自分であって自分でないという感覚にいます。
多分、「自分」という枠ではあまりにも限界があり、そのチッポケサを一番自分が知っているから。自分を手放すという事は、絶対なる信頼出来る何かに委ねるということですが、私は目の前の海に委ね、大地に委ね、そして共にいる目にはみえない存在を信じていますし、その命の助けを借りています。
だから、私はヒーリングやマッサージをすればするほど、気が巡り、元気になるのです。私自身が癒されているのだと思います。
Eさん、あなたはきっとあなたの世界で素晴らしく、進まれると感じています。今度は私をマッサージしてくださいね。

■2003年7月3日(木)
このダイアリーはメルマガ30号で発行致しました。
☆お日様エネルギー☆
ロスでの講演会やワークショップ、個人相談とおやすみなく活動してくださった寺山先生と我家で3泊ご一緒し、その後共にシャスタ山に。
1週間程先生と一緒に過ごさせていただいたが、先生は常に笑顔。どこにいても誰といても、ずっと笑顔。そして、みなぎるエネルギーは、まさに私が今年2月に先生から感じた「無限」の存在と繋がっている証。
先生がおられる所は温かい。感動の涙と喜びの笑顔が生まれる。
寺山先生は本当にお日様そのものなのだ。
☆家族のようなご縁☆
今回、先生がロスに来られる直前にお電話で「急にボルダ-で出会った女性がロスとシャスタのワークに参加したいと言われるので、一緒に連れて行きます」と。ロス空港にお迎えに上がると、れいこちゃんという女性がニコニコとそこにおられた。う〜〜ん、彼女の笑顔は菩薩様のよう。

「れいこさん、ホテルは取れていますか?」と聞くとまだ手配がされていないとのこと。「それなら、よければ我家でお泊まりください。夫は海外なので、私と同じお部屋でよければどうぞどうぞ」という事になり、お連れした。彼女は「助かります。私何でもさせていただきます」と言ってくれたので、「じゃあ、お料理出来ますか?」先生の個人セッションは予約が一杯。私もご一緒させていただくので、お料理を作る時間をどうしようか・・・と実は心配していたのだ。そんな時にやってきた、れいこちゃん。初めての私のキッチンを「懐かしい」「ここでお料理ができるのは幸せ」と言い、彼女が食事係りを引き受けてくれた。これで、私も集中してオーガナイズのお仕事にかかれる。は〜、必要必然の出会い。私のホームページに出てくる菩薩様によく似ているれいこちゃんとも、直ぐに仲良しになり、先生と共にまるで家族のようだねと言いながら、過ごした数日だった。
時間がいらない、縁の深さ。最近はそれがとても多い。
☆グランパ☆
空港にお迎えにあがったのは、愛車(愛称グランパ)日産マキシマ。かなり古い車で、ちょっと申し訳ないな・・・でも、きれいに洗ってお迎えに上がるし、いいよね・・・と、一人納得して出かけたのだが、先生は私のグランパを見て言われた。「みつこさん、これがあの、グランパですね。いや〜、素晴らしいなぁ!」と。「メルマガ、読んでいますよ。」前前回に書いた愛車の事を先生は読んでくださっていたのだ。私はすっかり嬉しくなって、先生とれいこちゃんをお乗せし、出発。まだまだよく走ってくれるグランパに先生は「みつこさん、この車、まだ手放さなくていいじゃないですか。よく走りますよ。私もフォルクスワーゲンを20年以上乗りましたよ」と言われた。そう言って頂いて、我グランパが益々愛しくなったのだ。そうだな、まだまだ乗れる。やっぱり、まだ乗ろうと心の中で呟いていた。

☆絶対なる安心☆
先生のおそばにいるとワクワクする事が沢山伺える。命に関わる無限な広い世界が目の前に現れてくる。
そして、何より私が惹かれるのは、先生のお話には「愛」がある。今、目の前にいる人を精一杯愛する。ギブのエネルギーがいつもある。だから、先生とご一緒すると喜びが湧き上がるのだ。
私はこういう人を一人でも多くの方と繋げたい。先生を知っていただきたい。お日様はどこまでも、温かい。その温かさに包まれると深く安心する。
安心・・・みんな、何かを恐れ、不安なものを抱えている気がする。不安だから怒り、不安だから執着し、手放せない。
安心・・・お日様は誰にでも光を注いでくれる。うずくまっている人にも下を向いている人にも、誰にでも。
だから、私は浴びてほしい。先生のお日様のエネルギーを。
☆宇宙と繋がって☆
「寺山先生の個人相談やセッションはどのような事をされるのですか?」と時々質問を受ける。だが、私はそれに答えられない。というのは、決まった形などないからだ。先生は完全手放しで、その時に流れてきた感覚をキャッチして、その人と過ごされる。ダンスを誘導される事もあれば、チェロを弾かれたこともあった。お話に時間をかける人、グランディングを中心にされる人その形はまさに様々なのだ。
そして、共通しているのは、多くの方が何か深く動き出し、涙を流される。ハグで泣かれる。本当にそうなのだ。先生がおられるとハグの列ができる。みなさん、感じ取っておられるのだ。先生から流れてくるエネルギーを。
だから、ハグで心が溶け、涙が流れる。安心の中に包まれていく瞬間に私は何度も立ち会って、涙した。

☆ありがたい☆
このような出会いは本当にありがたい。「私がロスに来ているのは美津子さんへの信頼です」と最終日に先生は言われた。「信頼」この先生からの言葉を胸にやはり、自分が喜べる事の為に私の体を使おう。手を使おう。心を使おう。
そう、思った。ありがたいお言葉だった。
仕事が出来てありがたい。この家に住めてありがたい。この手が使えてありがたい。軽く動けるこの体がありがたい。そして、支えてくれる人たちがいてくださってありがたい。
私はありがたいずくめの中にいるのだ。本当にそうなのだ。忘れてはいけない。
今日も生きている、その事だけでありがたい。嬉しい事もちょっぴり悲しい事もある日常。なんかその全てが輝いている気がする。
シャスタ山のエネルギーの中で感じた命。交流する素晴らしさ。私のハートは今日も又、光に向かって呼吸をする。私に流れ込む命、一杯感じる。
最後までお読みくださってありがとうございました。
今日もよき一日でありますように。

■2003年6月21日(土)
ガイアシンフォニー
今年の秋にロスでガイアシンフォニーの再上映を決定した。2000年、2001年に続いて3度目の上映会。
日本ではこの映画は草の根運動的に展開し、今も繰り返し上映会が行われている。ガイアに初めて関わった時にも実感したが、この映画はまるで生き物のようだ。ガイアに関わる事によって気づかされる事がとても多い。
ロスで初めて上映した時、多くの方がこの映画の事をご存じなかった。驚いたけれど、そんなロスだからこそ、私は是非上映会を・・・と思った。
できるだけ、いろいろな人がこの上映活動に関わって、共に気づき分ち合う時を過ごせたらと思う。今年、上映会を決めた時も私の周りには既に準備運動をし、活動という本番に備えている人たちがいた。そんなご縁で今年はボランティア活動を開始。
事務的な仕事も心を込める。しかし、なるべく簡潔に・・・と、これも又なかなか難しい。
このガイアを「もの」ととらえたり、ビジネス的にとらえると、必ず何か違う流れが生じる。活動をどれだけ潤滑に行うかという事だけでなく、その時時の自分の心に正直になったり、我をはずしたり、任せたり、委ねたり・・・と和を作っていくプロセス。
私自身もご縁があり、ずっとこの活動に関わりスタートリボンを切る役割に今はいるが、その役割も今の自分の出来る事だと認識をし、大切にさせていただこうと決めた。
きっと、この役割もいずれ誰かが引継いでくれると思うし、その時を楽しみにも待とうという気持ちにもなった。一度上映会をしたら、きっと、ガイアを広げてくれる人たちが次からは声を上げ初めてくれると、信じ込んでスタートした第一回目。何故、誰も声をあげないのだろう?と疑問に思った翌年。
だけど、それを誰かに・・・誰かに・・・と思うのではなく、もし、声を出す人がいなければ、もう一度自分が出せばいい、スタートのリボンを広げる役目をすればいいと、今は認識した。
そんな思いで今年もガイアが始まった。一人一人の個性が大いに広がり、違う色の花が咲く。相手を通して自分を見、気づかせてもらう。
「ガイアシンフォニー」この生きた映画と又、過ごす。既にその交響曲は奏でられはじめた。10月の上映会が楽しみだ。

■2003年6月18日(水)
アフリカンダンス
週に一度、アフリカンダンスのクラスに通っている。ライブで太鼓が鳴り響き、体中に響かせて踊る時間。今は西アフリカのダンスで、トーキングドラムという名前の太鼓を6人程の男性が叩く。太鼓を叩くのは全員男性で踊るのは全員女性。これが、面白い。
クラスには日本人はいない。殆んどが黒人さん。その迫力といえば、私のような中途半端な筋肉とは訳が違う。そして、リズム感のよさも同じく。そのエネルギーの中に混じって踊るからこそ、楽しいのだ。
私は踊る事が大好き。特に太鼓の響きの中で踊るなんて、最高だ。
細胞一つ一つが活性化されるのを、実感する。いやはや、まだまだ眠っている細胞がいかにあるかとわかるほど。
細胞が起き始めたらどうなるか?それは、体が軽くなる。そして心がワクワク弾けてくる。気が流れ通る感覚。目覚めるって素晴らしい。
そして、大地へ、太陽へ、植物へ、食べ物へと感謝する踊りをしているうちに何とも言えない心持になるのだ。
ダンスの最初と最後は静かなメディテーションの時間をとられる。最後はみんなで歌を歌う。丹田に手をおき、そしてハートに手を置く。
踊りは心からと先生は言っている。心とコネクトさせてから、踊る。心が開かないと躍れないと。だから、最初と最後は丹田とハートに意識をおき、集中する。踊っている最中はもう「爆発!」って感じだけれど、それが又、最後に静かに体に収まっていく。
アメリカに来てよかった事の一つにこのような環境でダンスを習える事。アフリカ人の先生からアフリカ人の男性のドラムの中で。
私は50歳になってかっこよくアフリカンダンスが踊れる女性になる事が一つの目標 (^_^)v
細胞はいくつになっても、目覚め、芯からの生き生きした人生を送りたいものだ。

■2003年6月15日(日)
☆嬉しいご縁☆
(このダイアリーはメルマガで発行致しました)
一昨日、日本からのお客様をお迎えした。50代、60代の素敵なご夫婦でした。ロスの友人のご両親でお二人でマッサージを受けに来てくださった。
私はこのご夫婦にお目にかかれて、とっても嬉しい。素敵な人たちに出会える度に私の宝物は増えていく。
ご縁とご縁が繋がって広がっていく嬉しさ。ロスにいて、出会える日本の皆さんとのご縁。
ここにいたから出会えた不思議。ご縁を大切にしたいものです。
☆愛ある暮らし☆
私はそのご夫婦から沢山の感動を頂いた。
ご夫妻の関係、家族の関係は互いの気づきを繰り返して変化していったと言うお話を聞き、その気づきをほどこしてくれた次男坊さんの事をお話してくださいました。
次男坊さんは現在33歳で、世界中を旅している人。髪は腰まで伸ばし、ひげもなが〜く伸びているそうです。世間はその風貌を見て、彼への反応が大きく二つに分かれるそうで、それが面白いと彼は感じるのですって。
子どもの頃から自分の感性が強く、大人の価値観や世間の常識に影響されずに育った彼は、ご両親からみると「それはあの子の気質だと思います」と言われていましたが、小学校の時の卒業式も彼は自分の一番気に入っている服装として、ジャージの上下で出席すると言い、ご両親はお願いだからせめて卒業式は、きちんとした服装で出てくれと頼み込んだそうです。でも、彼は頑としてこれが自分らしく、きちんとしていると言い切り、一人だけジャージの上下で出席。高校は下宿をしていたそうで、仕送りを受けていたのですが、彼は下宿屋さんに払うお金以外は手をつけず、高校卒業後、ご両親に返したと。
親に言われたからとかではなく、彼は子どもの頃から物を大事にし、鉛筆はギリギリ磨り減るまで使う。大事にするということは丁寧に物を扱う。なので、彼の部屋は子どもの時から自分できちんと片付けられ、全て自分で整理整頓、掃除をしていた。物は先ず、買わない。どうしても買う時は最低1ヶ月は、考える。大人になって伸ばした髪やひげは、不衛生ではなく、きちんと手入れをする。人の嫌がる、面倒な事を自ら手を出す。道端で酔っ払いの人が倒れていると、座布団を持っていく。兎に角、そんなお子さんだったそうです。
☆手放しの世界☆
「優しい子」は間違いないのだけれど、兎に角、世間からみると変わっているし、先ず風貌が目立つ。親としては普通に働いて結婚してくれた方が安心。私達も随分悩みました。でも、ずっと息子を見てきて、あれだけ有言実行している息子に息子ながら本物を感じた事は事実。言っている事、している事はやはり間違いのない事だと思っていたとご夫妻は話されます。
お母さんがお料理を作ると彼は必ず「ありがとう」とお母さんにお礼を言う。そしてお父さんに「お父さん、お母さんが作ってくれたものを感謝して、食べよう」とほどこす。お父さんは気恥ずかしくて、なかなか奥さんにありがとうが言えなかったそうですが、息子さんの影響で今では日常の中に「ありがとう」があると。お母さんは「今では何をしても感謝の言葉を言ってもらって、気恥ずかしいほどですが、それは私の支えになっています」と言われていました。
ご両親は大いに息子さんの影響を受け、今では知らない人、出会った人、家出の茶パツ高校生、旅の途中の人、悩める人、そんな人たちがご夫妻の元を尋ね、彼らと一緒に食事をし、泊まっていかれるそうです。息子さんは世界中を旅し、必ず泊まったお宅の掃除をし、洗い物をする。仕事を手伝う・・・なので色々な所からお礼のはがきが届くと言われていました。働いてもお給料はもらわないのだそうで。それは「自分は旅をしているので、みなさんの様に時間をかけての仕事は出来ていない。だからお金はいただけない。」と返すそうです。そんなお金が実家に届けられると言われていました.
彼が一人暮らしを始めてからも、鍵をかけたことがなく、ものがなくなると、それは「どうぞ・・・必要だったらおもちください」となるのだと。物に執着がなく、誰が使ってもいいのだと・・・そんな意識は彼の何処から生まれたのだろう。
☆感動のあるところ☆
ご両親は「息子は仏様のお遣いだと今は思っています」と言われていました。
そして、彼の兄や妹も自分達とは全く違った世界で生きている彼を見て、あまりにも信念のある生き方に嫉妬すら覚えたけれど、今では彼が自分の兄弟である事を誇りに思い、何よりも家族に対して本当に優しい。そしてその優しさは家族以外の人にも変わらない。その彼の優しさが人を変えていったと思うと。
マザーテレサやサイババにも会いに行っている彼は、色々な宗教の場にも出向き、話を聞く。そしてその何処にも属さず、旅を続けている。年に一度は今いる旅先に家族を招待するそうだ。その時は全て彼の招待で行われるらしい。
子どもの頃から持ち合わせた、気質。そして優しさ。それが変わらず、育ち、家族を繋ぐ。家族の中で育った愛と和は今は広がって、家族の周りにも放たれる。
ものは循環されるのが一番ですねとご夫妻も言われていたけれど、おいしいものはおいしい時にみんなと分ける。頂いたお花は一輪家に頂き、後はご近所に回す。必要最小な世界と分ち合いの世界。
私は感動しながらずっとお話を聞いていた。その感動は特別な世界ではなく、彼らの家族の中に生まれて、そして育って、広がっている事への感動だった。
人の心を動かす事はそんな「生きている」中にあるのだと思う。本当に生活の中に生きてこそ、人の心は感動する。
☆本当の優しさ☆
自由を求めて気ままに生きる姿の中には、時折、現実逃避や、家族との不和からの傷により外に愛を求める事がある。私が何より感動したのは、彼は現実逃避でもなく、一番近しい家族と調和を作り続けた事。一番近い人を本当に大切にし、調和を自ら作っていった事。それがご両親の価値観を変え、兄弟の意識を変え、周りへと拡がっていった。何故、そうなっていったのか?ご両親の言葉からそれは、「本当の優しさ」があったからなのかもしれないと思った。
家族の和ができると、それは必ず広がっていく。家族との折り合いがうまくいかない関係や、家族の中で生まれたトラウマ的傷をもつ人はとても多い。そしてその傷は例え大人になってもなかなか消える事が出来ない。
親と子としてこの世で出あった意味は何なのだろう?家族と手を繋げない沢山の現実はどこから来ているのだろう?
本当の優しさとはどこから生まれ、どこに向けられるものなのだろう?
沢山の事を感じた。
☆天使たち☆
ロスでのご夫妻のマッサージは長男坊さんからのプレゼント。「こんな幸せな時間をありがたいです。お兄ちゃん(長男さん)本当にありがとうね。」とお二人は何度も繰り返された。そして「このありがたい癒しのお返しを是非是非、させてくださいね。必ず日本に帰られた時はお寄り下さい」と言って下さった。次男坊さんからおはがきを頂いていた。それには「いつか愛ましょう」と書かれていた。「会い」ではなく「愛」と書かれていた。
家族を愛のエネルギーで繋ぎ、彼は旅を続けている。旅先で又繋がり、愛が広がっている。きっと、彼は「天使」だな。
世界中に人間の姿をした天使は今、沢山いるに違いない。ね?きっとあなたの周りにもいるでしょう?
もしかしたら、あなた自身が「天使」かも・・・
出会いにより温まる心。それをシェア―させていただける喜び。
思いは常に湧き出て、広がる。いつもメルマガを楽しみにしています。と言ってくださる嬉しいお便り。そんな循環の和に改めて感謝です。

■2003年6月12日(木)
エサレンの香り
今週初めにビッグサーにあるエサレン研究所を訪れた。姪が今、ワークスタディプログラムをとっていて、数ヶ月滞在しているので、姪のゲストとしてエサレンを訪れる事が出来た。
私はマッサージをここで学び、夫ともここで出会い・・・と、自分の運命が大きく変わった場所、エサレン。今も時折訪れるけれど、私には必要な場所。
センターに戻れるし、必ずその時々のメッセージをいただける。

朝8時からムーブメントのクラスがあるので、それに間に合うように到着し、ダンスクラスに入る。その後、おいしい朝食を頂き、温泉へと・・・
私はエサレンに来ると、何をするでもなく、ただいるだけで満足し、エサレンの風や香りに包まれている。先日も同じ。ただ、エサレンの香りを楽しんでいた。温泉に入っていると「せっかくだから、マッサージを受けようかな」という気持ちになり、今日、マッサージをしているセラピストの名前を確認。私が受けたいなとひらめいたCJというセラピストは既に予約済み。夕方まで埋まっていた。他のセラピストは・・・と思ったけれど、気持ちがぴったりと来なかったので、今回は諦めようと又、温泉へ。

でも、再び温泉に入っていると「やはり、違う人からでもいいからマッサージを受けよう」という気分になり、予約しに行くと、オフィスは既に閉まっていた。やはり、今日はマッサージに縁がないなぁ・・・と、思いながら再び温泉へ。エサレンの温泉が大好きな私はこの日は温泉に一番長くいた。
一人用のタブでウトウトと眠っていた時。私の肩をトントンと叩く誰か。目をあけるとCJというセラピストだった。「マッサージを受けるの?」と私に聞く。私は「あなたはCJさんでしょ?」「そうだよ。」「あなたのマッサージを受けたかったけれど、今日は予約が一杯で諦めたのよ。」「そうか・・・じゃあ、明日の予約にしたら?」「それが私は今日だけのゲストなのよ。今夜帰るのよ」「そうか・・・じゃあ、夕方時間を作るからセッション、しようよ」と言ってくれた。そんなわけで、私は彼のプレイベートタイムをセッションに当ててもらい、念願のCJから初めてマッサージを受けた。
「今日はどんな感じ?体調は?」と聞かれて私は「体調はいいわよ。今日はね、あなたのマッサージを楽しみたいな!」と話しながらスチームがよく聞いたマッサージプレイスに入った。
「仰向けから始めるよ。そしてね、君がマッサージ中に体を動かしたくなったら、自由に動いていいからね。どんな風に動いてもいいんだよ」と彼は言った。そんな事をいうセラピストも珍しいなぁ〜と思いながら、テーブルに横になる。始まった彼のマッサージは私にとって初体験のタイプ。なんというか、テーブルの上で踊っている感じなのだ。ストレッチがよくきき、手も足も腰もよく動かされる。
私は気がつくと、仰向けから横向けになり、最後はうつぶせになっていた。彼は「横を向いて」とも「うつぶせになって」とも言わない。シーツを上手に引っ張りながら、そして私の体をストレッチさせながら、体の向きを変えていくのだ。流れるようにその変化がマッサージ中に行われる。
後半、同じ言葉がずっと私の中にメッセージとして入ってきた。「私は自由」「私は自由」ただただこの言葉が繰り返し、聞こえてくる。
その「自由」という意味は感覚的にいうと「どこにも属さない」という意味合いとして響いていた。私のセンターはどこにも属さない。何の枠もない。誰かの妻や何の仕事をしているとか、どんな友だちがいるとか、家族がいるとか、世間とか社会とか、何をしているとか・・・そういったものに全く属さないのが私のセンターだと。私は木を想像していた。妻もセラピストという職業も活動も家族も友人も私に繋がっている大事なもの。でも、それは私のセンターである木の幹から枝分かれしたものであり、私の一部。
その一部に執着したり囚われたりするのではなく、その枝は思いやりを持ってつながり、でも私はそのどれにも属しているようで属していない。
「私は自由」その言葉が繰り返される。枝と幹を同化させる事なく、センターを生きる・・・という事なのか。

CJのマッサージは私を自由な世界に導き、終わった後、驚くほど体が軽く、そして頭は冴え渡っていた。これはダンスした後のあの感覚だった。マッサージが終わって私は友人に言われた。「ダンスしてきたの?そんな顔してるよ」と。正しくだ。CJは「僕のオリジナルのタイチマッサージなんだよ。」と言っていたが、彼はきっと受け手によって手法を変えるはずだ。
私は最初、彼に「今日はあなたのマッサージを楽しみたい」とリクエストした。そのリクエストに彼がこたえたのだと後で分かった。
私は自由。
どこにも属さない私のセンター。
そのセンターは空。空っぽ。ニュートラルな世界。
その私のセンターを思い出させてくれた今回のエサレン。体が軽い。そして心が軽い。感覚でつかんだ「自由」とはこの「軽やかさ」に繋がっていく気がする。

■2003年6月6日(金)
−新しいものを買うということ−
(このダイアリーはメルマガ29号に掲載致しました。)
アメリカは車社会。ニューヨークなどは地下鉄も充実しているようだが、こちらはそうはいかない。車は一人一台。郵便局に行くのも、銀行に行くのもやはり車が必要・・・ふ〜〜っと溜め息が出る。
朝夕のフリーウエイは一台に一人ずつ乗った車がひしめき合う。呆然とする光景だ。日本の満員の通勤電車も大変だが、アメリカの大量エネルギー消費も決していただけない。
夫は時々50年前のアメリカの事を話す。路面電車が走り、みんなが利用し、まだまだスローペースだったその時代の事を。
経済拡張の為に路面電車の線路は剥ぎ取られ、車が一人一台必要となった。
夫の車も私の車ももうかなり古い車で、夫の方は廃車を決断した。夫の車は大型バンで施設にドーネーションするそうだ、子どもたちの玩具として使われるらしい。2年程前に夫の古い友人が他州から訪ねてきて、夫は久々の再会をした。その時、友人が「トニーは10年前、古い大型のバンに乗っていてね〜〜〜」と話した時、「10年前に古いバン??」私と夫は顔を見合わせて、思わず吹き出した。「いや〜、そのバンは10年後の今も乗ってるよ。」と。友人は驚いていたが、夫の車もまもなく20歳。とうとう引退となった。
本当によく頑張って走ってくれた車だった。ありがとうね!
私の方もそろそろかなぁとも思うが、次なる車の購入に悩むのだ。
今は、新車を買うのがお徳だそうだ。金利もつかずに買えると友人が教えてくれた。そこそこの中古車を買うと金利も高く、新車の方が経済的だと。しかし、私はどうも新車を買うことに抵抗がある。
周りにはまだまだ乗れる車がワンサカある。次から次へと新しいものをみんなが求めつづければ、ものはドンドン循環しないで残りつづける。
電化製品にしても同じく。修理するより新品を購入した方が安くつく。そうして、ものは捨てられていく。
私はどうも、それに抵抗がある。本当に最後まで使い切ってあげたい。
夫はものを大切にする人。私は夫のその感覚が大好きで、ここまで大切にしてもらえたら、物も嬉しいだろうなぁと古い彼の持ち物を見てよく思う。
ある日、夫の車に乗った時、かわいいテディーベア−が飾られていた。ちょっと淋しげな顔をしたその熊の顔を見て、夫に聞いた。「これ、どうしたの?」と。すると夫は「ゴミ捨て場で見つけたの。捨てられるには、かわいそうだから、拾って洗って、車につんだんだよ」と。夫に拾われ、洗ってもらい、小さな熊ちゃんは命を取りとめた。その時、私は思った。きっと、この熊ちゃんの淋しげな顔はもっと幸せそうに見えてくるだろうなぁと・・・
塗装もはげてきた私のグランパ(車の愛称)。でも、エンジンはまだまだしっかりしているよなぁ。
「もう少し、一緒に頑張ろうかね!」と、今日もエンジンをかけながら私はグランパに声をかけるのだ。

■2003年6月1日(日)
サプライズパーティー
仲良しのゆきちゃんの新しい人生の出発にとサプライズパーティーを催した。彼女はハワイが大好きで近い将来ハワイに移り住む事を考えている。
私は今まで「ハワイ」にご縁はなかったけれど、ゆきちゃんのハワイエナジーが流れ込んできたのか、今、ハワイにご縁が繋がっている最中なのだ。
まだ、プロジェクトがスタートしたわけではないが、ハワイ島にある土地を提供しますというお話を頂いている。
何か意味があるこの流れと展開。近く、ハワイ島に向けて「土地」との対面をさせていただこうと計画し始めているところ。
仲良しのゆきちゃんもハワイに移り住む。ハワイのもつエネルギーって何なのだろう・・・
さて、人には人生の大きな選択の時が何度があるけれど、ゆきちゃんも正しくそんな「今」
親しい仲間で集って、手作りのお料理でサプライ−ズパーティーを行った。パーティーは作る時からワクワクするものだが、今回はサプライズだったし、彼女の大好きな「ハワイ」をイメージしたパーティーにしようと私は家の周りを散策し、手ごろなバナナの葉っぱなどを頂戴し夫が海で頂いてきた貝やビードロもテーブルに登場させた。

今、そこにあるもので行う「アルモンデ・パーティー」が大好きで、みんなが持ち寄った「ハワイグッズ」もコーディネートしていく。
ワクワクするひととき。和食も中華も全部ハワイアンモードに変身!
ひっこりひょうたん島のようなテーブルコーディネートが整い、ゆきちゃんが尋ねてくるまで、私たちは「サプライズソング」の練習に明け暮れる。
そして、いよいよ主役の登場。私はさりげなく、ゆきちゃんを迎え入れ、テーブルの下に隠れているみんなに合図を送る。
一斉に歌と共にテーブルの下から現れる・・・といった計画。
驚きと嬉しさに涙したゆきちゃんを見て、私もジ〜〜ン。

一人一人が自立をする。それを見守り助け合う。一人一人の足で立った仲間が支えあう。そこには私の大好きな「和」が生まれる。
♪むーすんで、ひーらいて、手をうってむーすんでー
という歌がある。
結んで開く、それを何度も何度も繰り返す。そうして、弾けるようにその和の中の種が遠い所に舞い落ちる。
そして、そこから芽がでる。

一人で生きるのは時に不安。でも、何度も結んだあの「手」。開いて、弾ける事が出来る準備が整うその「時期」
もう、怖くないよ。もう、不安じゃないよ。
また、もっと大きな和になって「結べる」未来への予感。
変化を恐れずに、変化を楽しめたら、全ての事は「幸せ」に繋がる。
Happy New Life!ゆきちゃん!!
ハワイで新しい「和」を結ぼうね!

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