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March-May|June-October

2004年1月31日(土)

女性と美

今、サンフランシスコにいます。
私は、この街が好きです。歴史と個性があり、街を歩きたくなります。ロスで街をぶらぶらと歩くことはないけれど、サンフランに来るとお店を覗くことも楽しく、色んな顔をもっているのがとても楽しいのです。
今回はお仕事で来ているので、ゆっくりと街を歩く時間はないのですが、歩いてみたい街です。

私は一般的なお化粧をしなくなってもうかなり長い。乳液やファンデーションなどを使わなくなり、石鹸で体や顔を洗うこともなくなった。その方が私の肌は調子がいい。しかし、私にとって自然派というのは、何もしないという意味ではない。
私が私を大切にしてあげたいから、私の表面と内面が喜ぶものを身につける。肌にもつける。
私は自分で作っているびわ葉ローションやリップクリーム、オイルを基礎化粧品としている。びわの葉とハーブの香りのローションは肌に吹き付けると、ファーッと幸せに包まれる。最近は、周りの方にもお分けするようにもなったが、波動のいいものはつけていてわくわくするのだ。
作り上げていく美ではなく、甦らせる美。というのか、中から嬉しくなる美というのか。私はそんな美を探したい。自分の納得する喜びのあるケアー。
これから、より探していきたいと思っている。近く、そんな思いから、美津子ブランドなるものが生まれるかも〜〜〜??!

☆喜びの美☆

今、サンフランにマッサージセッションの仕事で来ているが、こちらでも沢山の女性に出会っている。今まで3回お招きいただいているサンフランセッションで、リピーターの方も多いけれど、新しく来てくださる方も多くなり、セッションはいつも直ぐに予約がうまる。みなさん、本当にありがとうございます。
私は今回のサンフランでのセッションで共通した感動を体験している。それは「女性の美」なのだ。
セッション中に彼女たちの表情、肌が変化し始める。それはそれは美しくなるのだ。これは、感動に値する。肌が輝き出し、なんとも言えぬ柔和な表情に微笑が出る。その姿はとても美しい。
クライアントさんご自身もセッションが終わって、鏡を覗いて自ら言われる。「今、私、すごくきれい」と。ロスでもそういう事は起こる。マッサージが終わった翌日、自分があまりにきれいなので、私に連絡をしてこられる。私もマッサージ直後にお茶を入れて、クライアントさんとお話をする時、ドキリとする事がある。光が出るというのか、輝く目の光と柔らかさに、美しさを見るのだ。
ここ、サンフランでは毎回それが起こる。私はその変化に感動する。そして、つくづく思うことは「女性が美しくなることはなんて平和なのだろう」と言うことだ。マッサージ中はみなさん、すっぴんで何の装いもない。素のままの姿。
その素の姿が光出した時、感動する美しさが出るのだ。オーラの美というのかもしれない。
昨日も、終わってからの自分の写真を撮られた方がいた。(^^)

☆美しさのわけ☆

何故、女性がこのように美しくなるのか・・・考えた。
そして、気づいた事は、きっと彼女たちの中に芯からの安心感が生まれるのではないかと思った。安心感が生まれた時、人は心を開放する。心が開く。開いたところには流れがやってくる。
それが、気と血の流れ。だから、肌が赤みを帯び、きらきらとする。
私のセッションは今、オリジナルのびわ葉オイルを使い、それに石を使って熱を入れながらストロークをする。昔ながらのびわ葉温熱療法を私なりにマッサージセッションとして作ったものだ。
色々な海や滝、山から頂いて来た石たちは、それぞれエネルギーをもち、歴史を持つ。大自然の中に何十年、いや何百年、何万年住んでいた大先輩。彼らの中には雨も光も風も太陽も、海も大地も全てのエネルギーが詰まっている。
私はそんな石たちを使わせていただいている。
色々な力が流れ込む。そして彼女たちの命へノックする。

☆美は平和へと☆

女性が美しいのは、なんと言う平和な事なのだろう。女性である私が、美しい女性を見て、感動する。
そんな女性たちを見て、幸せな気持ちになる。人のネガティブな感情の元は、私は「恐怖」だと思っている。怒りも不安も戦いも全て、恐怖から来ているように思うのだ。
みんな、何かにおびえている。
だから、人には抱擁が必要。絶対なる安心感が必要。それが母性的エネルギーなのかもしれない。
恐怖が癒された時、人は安心する。当然のこと。安心した時、心は開く。そして、エネルギーが流れるツールがあいてくる。
そこに流れ込む大自然からの力、愛の力、無限なるエネルギー。
それは人を美しくさせる。
私は真剣に思った。女性が美しくなる為のお手伝いをさせていただきたいと。だって、私がそれを見て、こんなに感動し幸せになるのだから。
その為に、私もより心を開き、大自然のエネルギーを受け取り、私の中をより循環させる必要がある。

☆美の顕現☆

いつも見ているあの海や手にする鉱物や、肌に触れる大気に、私の心と体を開放させる。私は彼らによって生かされているから。彼らの力なしに自分は存在しない。
2004年、女性のみなさん、どんどんきれいになりましょう!
地球のために、宇宙のために、女性はうちなる、美を顕現させることが大事です。そんな女性が一杯になったら、世の中はきっと変わる!
喜びごとは全てを変えていく。あ〜!本当にわくわくします。
2004年、改めて、私は女性が美しくなる事をお手伝いしたい!大自然よ、是非、そのお役目をさせてください。
願いをもつと、その願いに必要な事が自分に渡される。でも、その願いが地球の願いでもあるなら、それはきっと叶うのだ。
その為の努力は喜びの努力になるのだ。
今、土曜日の朝、布団の中でこれを書き上げた。さて、今日も始まる。美しく甦る女性にきっと出会える。そう、願って今日もこの手を使わせていただく。

無限なる美

2004年1月25日(日)

ブレックファーストウォーキング

最近は、ウォーキングの時間が多くなった。レンがいるおかげで、朝夕は必ず歩くし、お昼間も仕事の空き時間に歩く。
このところ温かい日差しで、花も多く咲き出している。
歩いていると沢山の発見があり、毎日の空気の違い。海の色の違い。風の香りの違いなど、日々の何気ない変化に敏感になる。
特にこのように自然の中を歩くと、発見が多い。
海辺に大きな鷹がとまっていた。いつもは空高く飛んでいる姿しか見たことがないので、その大きさと威厳のある姿にドキリとした。
朝の始まり、まだ人気のない時間は特に動物たちが動き出す。鳥は特に元気一杯だ。
朝のウォーキングでは、海の香りが気持ちいい。今朝は友人と一緒に「ブレックファーストウォーキング」と題してこれから、仲間で朝の散歩と朝食を一緒にとろうとはじめだし、その第一回目だった。
いるかが3頭姿を現してくれた。なんともかわいい〜!
もうすぐ、この海に鯨がやってくる。これからのお散歩が楽しみだ。鯨が見れると思う!
海さん、沢山の命をはぐくんでくださり、ありがとうございます。
レンと共に私も益々海の気を浴びて、元気になっていく。

2004年1月25日(日)

☆全てに開いた存在☆

みなさん、こんにちわ。
今日は午後から春のような日差しになり、きらきらの海を見ながら、お散歩をしました。
2日前からお散歩する相手が一人(?)増えました。
生後2ヶ月の黒のトイプードル、名前はREN(蓮・レン)と言います。
この名前は1997年のある日、突然、聞こえてきた「音」でした。今でもその時のシーンを覚えていますが、私は日本にいて、まもなく日本に来る夫のことを思いながら、買い物から歩いて帰っていた道でのこと。
3回、レン・レン・レン・・・・と、どこからともなく聞こえ、そして、スペルも浮かんだので、一瞬「?」と、思ったのですが、トニーと私に縁のあるスピリットだなぁと感じていました。
子どもが生まれたらレンと名づけるのかな・・・と、思っていました。
しかし、7年後にその名前は2日前に我が家にきたこの子につけられました。

この子との縁も、私の中では深く、去年後半から異常に犬がほしくなっていたことも、この子がこの世に誕生する時期でした。
それは、それはかわいい子ですが、夫と私にとってレンは[同士]とも感じています。
犬がほしいというよりも、レンと共に暮らすことを望んでいたようです。彼が誕生しようとする頃から、異常なほど犬を飼うのだ!という衝動がやってきていました。会う前から、私の魂はレンの存在を受け止めていました。

新しい命が増えた、我が家。
まだ、ベイビーのレンは何を感じているのやら・・・・
既にみなさんにかわいがっていただき、子犬なのに、全く吠えません。まだ、彼の中に、恐怖や怒りはないようですね。
私たちの元に来る前の2ヶ月も、彼の中にはそういった感情は植えつけられていなかったように感じます。

我が家は人の出入りが多いので、どうなるかと思っていましたが、レンを見ていると「全てに対して開いている」という波動が伝わり、夫と共にきっと、私たちも本来はこのような存在だったのだよね。と、話しています。
自ら愛を渡し、そして愛を受け取る。そのピュアーな波動が我が家に充満します。
動物は一生、そういう存在なのでしょう。

今日はレンが来て、初めて我が家でクラスをしたのですが、みなさんにかわいがってもらえ、彼も動的、静的エネルギーを織り交ぜながら、私がみなさんにお話をするレクチャーの時は私のひざでおとなしくし、参加者の方に遊んでいただく時は、アクティブな顔を見せ、みんなでランチをとっている時は、私の足元で眠り・・・と、まるで君は今日の流れを知っているのか?と、思うほど場に馴染み、対応してくれる彼に驚きました。
彼は今、私たちとさほど変わらない食事を好みます。玄米に蒸し野菜、彼には少しささみやお魚をプラス。ドライフードは好まず、私の手料理を食べています。

今、私はレンを通じ「全てに対して開いて生きる」というメッセージを感じています。
私は植物にも動物にも鉱物にも魂は宿っていると思っています。みなさんもそう、感じられませんか?
そして、縁ある魂と、縁が繋がった時期に出会うのでしょうね。必要必然の出会いなのだと思います。小さな体に底知れぬつまったエネルギーのレン、魂レベルではとても成長したもののように感じられます。
そして、夫と私の二人の「線」をより太く彼の存在によって「面」としてもらい、大地に根ざすスピリットとして、私たちが成長できれば・・・と思います。

来たその日の夜から川の字になって共に寝、間違いなく私たちの家族として姿を現してくれたレンに心から感謝。
いつか、みなさんもレンに愛に来てくださいね。これからは、親ばかならぬお話が多くなりそうです。(^^)
どうぞ、お付き合いくださいませ。

2004年1月19日(月)

今年はワンちゃんと暮らす

今年は犬がほしいなぁ〜!と思う。大の犬好きの夫は、独身時代にずっと犬を飼っていた。どこに行く時も一緒で、海外も連れて行っていたそうだ。
夫いわく、犬は飼い主といるのが一番幸せだから、ペットを飼うとその責任を果たしてあげなければかわいそうだという。
飼うとなれば環境上、室内犬でスペース的には小型犬。
動物のエネルギーは癒しのエネルギーだと、一緒にいるととても感じる。空気がやわらかく温かくなる。
今年に入って、夫とよく話し合って、我が家にワンちゃんを飼うことを決定した。
私たちが仕事で同時に不在になるようなことがあれば、犬好きの友人二人が面倒をみてくれるとも言ってくれた。
生き物を飼うことを決めるのは、結構一大決心なのだ。家族になるわけだから。なるべく、淋しい思いはさせたくない。
私も仕事をもっているし、出張もあるので、その辺は夫と協力しあって大切に家族になってもらおうと思っている。
小型犬の情報に詳しい方、ベイビーの時から譲ってくださる方、是非、ご一報くださいませ〜!

2004年1月16日(火)

弾けるエネルギー

メルマガ52号にて掲載

今、森の中に1週間滞在しています。年に何度か滞在する森は、自宅から1時間ほど南にドライブしたところですが、オークツリーに囲まれた、静かな場所です。
いつもは、目の前が海で「幸せだなぁ」と思って暮らしていますが、森の中の木々に囲まれると、又違うエネルギーをあびて、包まれるようです。
海は広がり、開放し、森や山は包み込むように思います。それぞれの愛の表現が違うのですね。
ロスにいるのに、海や森のそばにいつもいられるこの恵まれた環境に感謝です。そして、この自然界のエネルギーを体中に受取ることが、自分の仕事を通じて、みなさんに回し、循環させてもらうことなのだと思います。
海を見ているだけでなく、近くまで歩き、体中で海の気を受けた後は、体の中に巡るものが確実に違うのがわかります。
海と繋がる感覚は、海が私の中に存在してくれることです。周りにある命との交流は私の気と血を巡らせ、無限なる感謝へと導いてくれます。
今年の目標は「弾ける!」です。昨年から私の中では、沸々とエネルギーが沸騰していて動的なアクションと静的な祈りが交差しそうな感覚に包まれています。
全てが楽しみです。そんな思いで迎えた2004年は、海の家をベースに私は色々なご縁のある場所に出向いていこうと思っています。(現在決まっている予定はHPイベントコーナーに下記に明記いたしました。)

昨年の夏、シャスタの滝の前で印を組んだ直後にいくつものたまゆらが写真で写ったことがありました。印を組む前にも滝を同じ場所から撮っていたので、エネルギーの変化と流れを実際に目にすることになりました。
ムードラと呼ばれる「印」の世界はエネルギーを開けたり、閉じたりする。私は日常の生活でそれを体感し続けています。
ひとつの宗教という世界に属さない私は、私なりに祈りを生活に繋げたいと思っています。バイブレーションとして波動として響き渡る、祈りや印には無限な広がりを感じています。
宗教はもつことはなくても、信仰心はもっていたいと思っています。
そして、全ての指針は私の中が喜ぶかどうか。私の体の中に流れる気と血液が生き生きと流動するかどうか。
滞りのない流れの中に生きる。それは、私の体が何より知り、キャッチするのです。
食しても、言葉にしても、動しても同じこと。滞るか流れ循環するか。そのどちらかなのです。
今年はもっともっと、弾けては流れ、弾けては流れ。それを繰り返していたいです。

2004年1月12日(火)

パソコンのない日々

新種のウイルスにおかされたらしく、私のパソコンは1週間入院しました。ウイルス対策をしていたにもかかわらず、それに対応しきれなかったそうです。
全く、日々入ってくるジャンクメイルにも困ったものです。
パソコンがない1週間は、不便ではありましたがなんだか「何か」から開放されたような感覚もありました。
今は仕事もやりとりも電話やファックスでなく、メイルになっているので返事を出すのが遅れて、ご迷惑をかけた1週間でしたが、便利な世界もひとつ壊れるとどうしようもなくなります。
その便利さが当たり前になっている感覚。
夫はパソコンを全く使いません。アナログ生活を送っている夫には、このようなトラブルによるストレスもなく、いつもマイペース。
必要な情報は自分で把握している。パソコン任せではない暮らし。
私も上手なパソコンライフをもう一度見直そうと思えた1週間でした。
文字を「打つ」事が日常だけど、「書く」ことがなくなった生活。
先日、素敵なお手紙を頂戴して心にしみました。温かさを感じる自筆とその人の個性。
そんなことを懐かしいと思う自分の感覚がちょっと悲しい。
もう一度、不便な中の素敵さを生活に呼び戻そうと思った1週間でした。

2004年1月3日(金)

子どもの心で

2003年から2004年への移行期は、ワクワクとしながらすごした。 40代になっても、ハートは子どもでもいたい。
ワクワクする心をそのまま素直に表したい。そんな風に思う。
この写真はそんな思いの中の忘年会の一枚。
「みんな〜、ファニーフェイスで撮るよ〜!」と、言っての1枚。
こんな顔が出来る「あほ〜」な私たち。
今年はもっと、あほ〜でもいいな〜!

2004年1月2日(木)

☆明けましておめでとうございます。☆

2004年が始まりました。みなさんはどのような新年をお迎えになられましたか?
こちらは穏やかで温かいお正月になりました。
今年も船の中でお正月を迎え、夫と二人でお祝いをしました。
大晦日は2箇所のお寺にお参りをし、ご住職様からお話を伺い、年越しそばをいただいたり、皆さんでお食事をいただいたりととても、温かな年の暮れでした。
日系人の方が作られたお寺は説明は英語の為、夫にも108つの除夜の鐘、煩悩について、何故年越しそばを食べるのか、「日日是好日」の意味などを英語で理解してもらえ、日本の文化意識をシェア-できた、とてもいい時間でした。

私はアメリカに来てから、やはりより以上に日本の伝統や和の文化とその意味合いを知りたくなっています。まだまだ何も知らない自分に出会っていきます。

お寺にはアメリカ人、日系2世3世の人たち、アフリカ人、メキシコ人、韓国人、日本人などなど、様々な国の人が来ていて、一緒に食べ話し大いに賑わいました。

違いの中に同じ魂を感じる。そんな出会いを繰り返す。
今年はそれがドンドンと広がっていきそうです。深く繋がっていく魂の姉妹たち。国境を越えた向こうにある、ひと連なりのあの世界。

笑って、ハグをすれば感じる。人のぬくもり。愛と信頼。
私たちは本当に姉妹だよね。そう、思う。沢山の笑顔が繋がる2004年。私は今年、大いに弾け、飛ぶことに決めました!
ピチピチ、パチパチ、天高く、弾けます!

みなさまにとりまして、2004年「日日是好日」でありますように!

無限なる喜び

2003年12月29日(月)

いつか会いたいアメリカのお母さん

私には、まだお目にかかってはいないけれど、ずっと会いたいと思いつづけている人がいる。もうすぐ80歳になるセルマ。ニューハンプシャー洲に住んでいる。
彼女は夫の宝物の船(リアホー)を作ってくださった方の奥様。ご主人のフィルは7年半かけて夫の船を手作りされた方。フィルは既に他界されているのだが、セルマはその後、一人暮らし。いつも前向きで、今もホスピスのボランティアをされている。
セルマが住むニューハンプシャーの冬は寒く、雪が深い。そのような土地に住む人たちは、色々な知恵をもっていると聞く。随分とカリフォルニアの暮しとは違うようで、暮らし方も考え方も全く違うと夫はいう。
消費大国のアメリカだと思っていたが、ニューハンプシャーの人たちの暮らしはかなり違うようだ。ものを大切にし、手作りを生活に生かし、自分達の健康管理にもとても優れているという。
セルマは、祝日や祭日に必ずカードを送ってくれる。
私たちが結婚を決めた時も、トニ-は妹の次にセルマに電話をいれた。初めて電話で話すセルマは私にこう言った。「トニーは私にとって、本当の息子のように思っているの。あなたは絶対に幸せになれるわ。彼は本当に素晴らしい人だから。私が保証するわ!」力強く言ってくれたセルマ。彼女の声は今も力強い。
クリスマスの朝、トニ-がセルマに電話をした。元気な声が返って来た。
来年は必ず、セルマに会いに行こう。セルマが元気なうちに必ず。
セルマにおいしいパンやマフィンを焼いてもらおう。お手製のソースのレシピも教えてもらおう。セルマは手作り料理の達人だとトニーはいう。
トニーのご両親は、私たちが結婚する数年前に亡くなっている。とても残念に思う。でも、セルマはトニーのもう一人の母でもある。
セルマ!きっと、来年、会いに行きます!日本人の私に、アメリカの母の味を伝えてください。是非、受継ぎたいです!
そして、どうぞ、お元気で素敵な新年を迎えてくださいね。

2003年12月25日(木)

HAPPY CHRISTMAS!

今日は朝から雨模様。静かなクリスマスを迎えている。私は今日の雨がとても心地いい。大地も植物もシャワーを浴びて、お日さまが出るまでしっかりと、水分補給をしてね!
アメリカでは25日の朝にクリスマスプレゼントをあけるのだが、2日前にイタリアから帰国した夫からのプレゼントは・・・「エサレンでのスピリチャルマッサージクラスへの受講招待」だった。
チャクラの調整やエネルギーバランス、体の中に抱え込んだメンタル的問題を開放していく。このプログラムは、今まで以上によりしっかりと学びたいと前から是非、受けてみたいと思っていた。そのクラスを夫が申込んでくれた。 エサレンでの授業は全て滞在型。私には、エサレンで3回の食事をし、温泉に入り、あの空気の中で滞在する過程に意義がある。テクニックより知識より体感を求めている私にとって、エサレンで勉強する時間は貴重。
夫からの何よりのプレゼントを受取り、来年も色々な事が展開するだろうと予感する。

出来たら、私は今まで学んできた事をもっと手放したい。自分がヒーリングをする事やマッサージセラピストである事も、もっと手放していきたい。
この仕事は、私、美津子キャノンという大切な枝。でも、私は幹の中に私の中心がいる。その幹が、地からの栄養を吸って天へと伸びる為にも、私の大切な枝に執着することなく、それがより私の幹を育ててくれるものとして、自分の方向性を見つめたい。
何よりも多くの時間をかけ、学んだ事を手放す。それはどういう事になるのだろう。
私は私になりたいから。きっとただそれだけなのだ。そして、その枝を自分に与えられた表現方法として心から大切に育てたいからこそ、執着はしていたくない。
信じて、手放す。執着して取り込む。この二つは相反するものだと思う。
エネルギーは流れてこそ、そして広がってこそ、生きるということは、日々の暮らしや仕事から学んでいる。

今日の雨のように、今、この瞬間に流れ来るものを精一杯受止める感性。
全てが私を育ててくれる。
最近、仲間と話す事。「あなたの職業は何ですか?」「はい、それは美津子キャノンです。」
私が私として生ききること。トニーというパートナーをもって、彼の愛を受け取りながら、夫のエネルギーは私を育て、私は私になっていく。

メリークリスマス!

2003年12月22日(月)

魂に響く音楽

「HIROSHIMA」というジャズグループをご存知だろうか?私は先日、初めて彼らのコンサートに出かけた。8人程のメンバー構成で、ジャパニーズアメリカンが中心にグループを作り、今は色々な国のメンバーが参加しての構成となっている。
兎に角!チャンスがあれば彼らの音楽を生で是非お聞きください!
もう、最高ですよ!
ディープエコロジーの世界がそこにあり、グループは大調和!その大調和は一人一人が確実に光っている事、一人一人が存在し、だからこそ、大調和が完成している。
横笛やお琴、和太鼓などがジャズを奏でる楽器として使われているが、「日本」を強調しているわけではなく、その見事な西洋の統合と、流れるように音楽が一つに溶け合わさる素晴らしさ。
そして大迫力。会場は満席だったが、一曲一曲が堪能でき、終わった時は最高に気持ちのいい状態に包まれた。誰もが大満足の表情を見せていた。
日本人としての血も感じる。そして、そこから繋がれる希望も感じる。魂が弾けて喜ぶ世界に浸り、3時間ものコンサートは私を満喫させてくれた。
今、思い出しても感動が蘇る。彼らはあの世界を通じて人を平和にさせ、人に勇気をあたえる。素晴らしい音楽だった。
あ〜〜〜〜〜!気持ちいい!

2003年12月20日(土)

小さなクリスマス

夫の1ヶ月以上のヨーロッパセーリングも無事に終了し、来週早々にロスに戻ってくる。夫の帰りはクリスマスの前になるので、我家もあったかいクリスマスカラーに包まれて夫を迎えようと、飾り付けをした。
いつもの部屋、いつもの洗面所をクリスマスのお顔に仕上げる。

一人でウキウキとディスプレーを楽しむ。電気を使ったり、大きなツリーは飾らないけれど、リースに飾ったクスノキの香りが気分を落着かせ、大小のまつぼっくり達があちらこちらに顔を出す。

私の生活の中の全てにちょっとおめかしをしてあげるような楽しさ。
観音様も菩薩様も、クリスタルたちも、しばらくはクリスマスを楽しんでいただく。

アメリカに来て、季節感や季節ごとの行事に鈍感になっている気がする。
四季のある日本は素晴らしいなと思う。この情緒を求める本能的欲求は年を重ねるごとに増していくのかもしれない。
だとしたら、私はその欲求に従って、自分の生活の中に情緒を現すことを取り入れればいいわけだ。

思いを日本に寄せる心の現われを、アメリカにいる日本人として表現してみる。求める思いが強く深くなればなるほど、きっと現す感性は敏感になるはずだ。
離れて分かるその素晴らしさ。そして自分の中に流れる和の国の血。
その流れ来る欲求をキャッチして、来年は表現しよう。
小さなクリスマスカラーを楽しんでいる我家にまもなく夫が戻ってくる。長旅からの疲れがとれますように。
夫のセーリングが無事に終り、天象への感謝を捧げたい。
ありがとうございます。

2003年12月19日(金)

☆ヒーリングルームのたまゆら☆

今年の夏に初めてシャスタ山で現れた「たまゆら」の美しさに感動し、それから時折、この現象に遭遇するようになりました。シャスタだけでなく、その「たまゆら」は現われ、ただ、全て共通している事が、エネルギーが集中した時に現れる事です。それが私の体験するたまゆら現象には共通しています。
これからは4次元的なものがもっともっと3次元の世界に姿を映し出される時代になるのでしょうか。
多くの生き物と共存していくというその世界が、より広がった世界観になるのでしょうか。そんな事を思うこの頃です。
不思議とか理解出来ないという事を越えて、命が生かされている奇跡、決して一人で生きていないという当たり前の事を、思いだしていきたいですね。

☆ある日のメッセージ☆

今、仲間と週に一度のお煎茶の会を我家でおこなっている。今週も木曜日のお稽古の日が決まっていたのだが、その二日前の火曜日。心の中にふっと声が聞こえた。「次はお二階にお越しください」「??お二階に?」と思って、すぐに分かったのだ。あさってのお煎茶の会は2階のヒーリングルームでするのだなぁ。二階の部屋でその会をもつんだなぁ〜。そして、私は心の中で「了解しました」と答えた。

☆お祝いの席☆

お煎茶の会をするようになって1年位になる。私はこの日をとても楽しみしていて、お手前を通じて学ぶ事の深さ、追求していく事の無限さに惹かれる。 お煎茶の会は前々回もヒーリングルームで行われた。それもふっと声が聞こえたからなのだ。そして、今週のお稽古も又、ヒーリングルームへと・・・というどこからかのお誘いの声。
私は、参加者のみなさんが来られて「今日はお二階でするんだって〜」と、人事のように伝えながら、準備を手伝っていただいた。
朝の10時から行うお茶会は、柔らかい日差しを受けた部屋で始まった。この日はお仲間の加藤さんが、高貴という言葉がぴったりの白椿と南天をお庭から摘んできてくださり、クリスマスが近いこの日のお稽古はお茶席もそのお祝いの席をテーマとした。

みなさんが、この部屋でお茶会をするのが、とても気持ちがいいといってくださり、自分もそう感じながら参加していたが、お茶会は気も集中され、高まってもいく時間。お稽古といえども、笑いもありながら、神聖なセレモニーも味わえるようになってきたところだ。

☆刻印のごとく☆

今年最後のお茶会という事もあって、お稽古が終わったらみんなで写真を撮りましょうねと、提案し、菩薩様の絵をバックに全員が並んでとった。
その時の写真を見て、驚いた。菩薩様の絵の下、私の左肩にくっきりと、印を押されたかのような「たまゆら」が現れている。大きさは私の顔よりも大きく、円の周りは白く光っている。やはり、中には模様が見える。

このたまゆらを見た時、今までもなんどか見たけれど、今回は何とも言えない、言葉では表現できない気持ちに包まれ。
ただただ、あ〜〜、やっぱりおられるのだな・・・と感じずにはいられなかった。「次はお二階へどうぞ」と誘った声の主はあなたですね!と、私は感じている。そして、守り神の菩薩様の真下にどっしりとこんなに濃い光を放って現われ、あなたの存在を目で見せてくださっている。
私にはこの存在は理屈でなく、生き物としてうつる。
何故、見せられるのかはまだ、わからない。でも、そんな時代がきている気がするのだ。
理屈では説明つかない、命の共存という事実。

☆感謝で生きる☆

お茶会の後、食事は下のダイニングでみんなでとり、2004年に既に上映が決まった、ガイアシンフォニーのミーティングもこの後、2階で行われた。
各自が語る言葉を自分できき、みんなが聞き、そして今、みんなで見た「たまゆら」という光の存在にも宣言する時間にもなった。来年のガイアも又、守られた中で進んでいく事だろう。ミーティングは深く、平和的な中で行われた。みんなが正直にもなれた気がした。
あなたは、目で見えない世界をどのように理解しますか?本当に目に見えないのでしょうか?見えないようにしているだけかも、しれませんよね。 そんな気がするのです。
私たちが心と体を緩ませば、私たちの見えないと思っていた命とさえ繋がれる気がしませんか?
刻印のごとく、現れたこのたまゆらに、私は強いメッセージ性も感じますが、人間のちっぽけな知識の限界やおごりで、大切な事が弾き飛ばされているとしたら、残念です。
私はこれからも、この光と一緒にそして、この存在に感謝を続けて、生きたいと思います。

全ての命への無限なる感謝

2003年12月17日(水)

☆肉体の意識☆

彼女と出会ったのは、昨年の初夏だった。まだ30歳という若さで私の元に訪れた彼女は、子どもの時から入院生活を繰り返していた。
家庭で過ごすより病院で過ごす方が長かったと言われる。「兎に角、気力が出ず、疲れやすい」という症状を訴えられていたが、初めて彼女の体に触れた時、体中に貼り巡った緊張感を感じ取り、体はなんて頑張ってきたんだろうと涙が出そうになった。
特に喘息をもっている彼女の苦しさは当の本人でなければわからないと思うが、私は彼女の体に触れた時に、とてつもなく長い年月の緊張感を感じた。

☆体が変わると・・・☆

彼女は「私はお肉が大好きで、おなかがすいていなくても、ハンバーガーショップを見ただけで、フラフラっと入ってしまうのです」と、言われた。 それを聞いて私は「でもね、多分、近いうちにハンバーガーショップには行かなくなると思うよ」と、答えた。
「えっ?どうしてですか?」「だって、あなたの体がそれをほしくなくなるからね」「そんな〜!だって、大好きなんですよ」「うん、今はね。でも、多分あなたはハンバーガーとは相性があわなくなってくると思うなぁ」と私は笑った。彼女は信じられないという顔をしていた。

☆波動が変る☆

彼女がハンバーガーショップへ行かなくなったのは、私の想像よりもずっと早かった、1ヶ月もかからなかったと思う。数週間後に彼女が「あの・・・本当にハンバーガーが食べたくなくなったんです。お店を見ても入ろうと思わないんです。不思議なのですが、もうずっとハンバーガーを食べてないのです。ほしくないのです」と言った。
私はその速さに驚いたけれど、彼女の体が動き出した事を感じていた。そして肉体が変れば、彼女そのものの波動が変っていく。さて、これからが楽しみだ。

☆緊張に覆われた肉体☆

ある日、いつものように彼女がセッションを受けに来た時の事。兎に角彼女の体は全身がはっている。きっと、彼女は本来はイカリ肩ではないのだろうが、その長年の緊張により、肩がいかってしまっている。
「マッサージを今までも受けた事があるでしょう?何て言われる?」と聞くと「こんなひどい肩こりの人を見たことがないと、どこででも言われます」と。 そうだろうな・・・正直、私も会ったことがない。今まで会った中で最高のコリを持っている人だった。
その日、彼女の肩に手をおいて、そのひどいコリと会話を始めた。私の意識は彼女の体に入り込んでいくように集中されたが、目を閉じていると彼女の肉体に入っていく感覚があった。
私はそのコリに向かって話し掛けた。

☆一つのクラスのように☆

全体にはっている彼女の肩。でも、その中にひどく凝り固まっている個所があった。その個所にフォーカスをしていくと。私の閉じた瞳の中に写る映像があった。それはまるで、一つの教室の中にいる子どもたちのように見えた。一クラスが40人としよう。そしてそのクラスからはみ出した子どもが一人いる。
はみ出した原因はいじめではないようだ。本人が周りからのアテンションを要求しての事のように見えた、そしてとても意固地になっている様子だった。 私はその意固地に背中を丸めた子どもに向かって話し掛けた。そして、その子の背中をずっと撫でるようにイメージし、みんなが待っているよ。君はここでこうしているけど、みんな待っているんだよ。君はここにいるより、みんなの中に溶け込む人なんだよ。というような思いでずっとずっと語りかけた。
びくともしない彼女の肩のこり。でも、私のビジョンは意固地になった一人の子どもとしてうつり、その会話を続けていると、彼女の塊が動き始めた。まるで、もたげた頭をあげたように。その瞬間だった。39人のクラスメートが手を広げて待っているのが見えた。39人のみんなはずっとその子を待っていた。その子が入って40人。これでこのクラスは成立。誰ひとりかけても、クラスは成り立たない。だから、クラスメートはずっと待っていた。だけれど、意固地になった一人の子を誰も引っ張る事も出来ず、ただただ待っていた。
それが彼女の肩を覆った筋肉だった。一番ひどいコリが動き出した時、周りの筋肉たちもそれをキャッチして動き始める。
そして、その離れた筋肉と筋肉が一つに繋がっていく様子を私は感動しながら、手で感じていた。
本当に感動した。

☆全ては繋がっている☆

体は繋がっている。そして、体は繋がらないと体ではない。そして何より、体は愛そのもの。繋がりをなくした体は辛くて仕方がない。手を繋ぎたい。一緒にいたい。一緒にクラスメートして成長したい。
それが体。私はセッションを通じて、この感動を感じさせてもらい、体という愛そのものの存在を体感した。
クライアントの彼女に私はその事を伝え、これをみなさんにシェア-させてくださいねとお願いをした。
今の彼女は、もういかり肩の彼女ではない、彼女の体はもう全身に張り巡った緊張感から開放された。
彼女は自分で歩きはじめている。もう、誰かを頼らなくても自分を信頼出来ると私は信じている。
今は本当に疲れがたまった時に時折「みつこさ〜ん」と言ってやってくる。 でも、あの全身を覆っていた張りは彼女からは消えている。彼女が彼女として生き、自分を信じ、肉体自立が出来た事、私は何よりも嬉しい。

体は宇宙だというのは、よく聞く。でも、本当にそう思う。神の世界だと思う。そして、体は各名称こそついてはいるが、全て繋がって成り立っている。 体という宇宙。体という神様。このすごい器を与えられた私たち。
感謝せずにはいられない。私もあなたも、みんな与えられた、この世界。大切に大切に一生付き合っていきましょうね。

肉体への感謝

2003年12月16日(火)

龍宮城を見て暮らす

我家のヒーリングルームからはカタリナ島が見える。私にはこの島が龍宮島に見える。特に霞みがかった日の島は神秘な眺めとなり、神話の世界にはいっていくような気がする。
海の底から姿を現したかのような龍宮城。太古の時代にタイムトリップをしてしまう。

森から我家に戻り、この海を見て、島を見る。広い海を見て心が広がっていく。
森も海も命が一杯。ありがたくて、ありがたくて。
数日あけていた我家。ヒーリングルームを守ってくれる精霊たち。
私にはいつも感じる。彼らの存在。彼らがいる事。
暮らしの中に感謝がもてるようになった事が嬉しい。何を見ても、誰とあっても、心が弾む。縁が繋がって繋がらなくても、会えた事が嬉しい。
今日が流れていく事が嬉しい。
この喜びは、どこからやってきてくれているのだろう。

2003年12月12日(金)

森の中から

今、私は一人で森の中にいる。夫がまだヨーロッパからのセーリングから戻らないので、今は一人で過ごしている。
年に何度か訪れる森の中はオークツリーに囲まれた静かなところ、大型犬のマックとコディアはもう私の大の仲良し。
いつも、一緒にいてくれるので、一人で過ごす森の中でも心強い。
肌寒い森の日。暖炉に火をおこした。
なんて、温かい空気。ヒーターの温かさとは全く違う。それは、体の芯まで温める力。ヒーターの表面的なぬくもりとは違って、木が命を燃やすそのエネルギーが私達に暖をとらせてくれる。
そこにあるものの全てを包み込み、温める愛のエネルギー。 暖炉の燃える木々を見ながら、命への感謝。
命が燃える時、命が捧げられる時、そのぬくもりは私の中のエネルギーになる。
血が巡り、固くなった肌が和らぎ、心が安心する。
火にも当然神様が宿ると思うが、空気に流れ込む火のエネルギーに私は沢山の命を感じる。
冷たい空気が暖かくなるその移り変わる時間に命が流れ込んでいく。
これも正しく命の移し変えだ。
又、今日も生かされていることを感じる。森の木々の中で、そして老いて、横たえた木が命を捧げ、こうして暖を与えてくれ、私の体の芯から温めてくれる。
明日は森の鶏が産んでくれた朝一番の卵をいただく。命の中で生かされている。
自然への感謝。全ての恵みにありがとうございます。

2003年12月9日(火)

☆素敵な人生の先輩☆
(メルマガ47号で掲載)

のぶこさんはブロードウエイミュージカルに出演されていた。ウエストサイドストーリーや王様と私という私も大好きなミュージカルで活躍されていた。64歳という年齢を感じさせないのは勿論の事、彼女の発想やアイディアはとめどなく湧き、話している最中にどんどんと溢れ出す。全くもって、彼女は「現役」!
我家に来られた彼女の為に、私が用意した夕食は、地球フードのベジタリアン懐石だった。彼女もお魚は召し上がるが、それ以外はほぼベジタリアン食と聞いていたので、きっと気に入っていただけるだろうと、食卓をコーディネートした。
秋の色を沢山使い、おもてなしの世界を作っていったのだが、お客様を思いながらのこのプロセスが一番楽しい。
料理をはじめる前の段階から、既に人を招く時間は始まっている。その人の事を思い買い物に行き、作り始め、テーブルのセット、食器を選び、盛り付けを工夫する。私はその流れる時間が大好きなのだ。
彼女は大変感激してくださり、手を合わせられた。そして、感謝と祈りの言葉を捧げてくださった。私も一緒にいた友人たちも手を合わせていたのだが、彼女の言葉が終わって、顔をあげた時、彼女が泣いているのを見た。
その涙を見て、私も思わずジーンときてしまったが、今日準備した食卓への思いを彼女が全部全部受止めてくださった気持ちがした。
そして、それに涙してくださる彼女を見て、美しい人だと改めて思った。

☆魂の会話☆

彼女は日本語は話せない。会話は英語になるのだが、彼女の英語はトニーの英語の世界と似ていた。言葉を越えた会話が出来る人。魂が響きあう。話は途切れる事を知らず、夕食は6時位からスタートしたが、食事が終わっても話は止まらず、結局12時まで話しこんでいた。
私もボディワークに大変興味があるので、思いを体で表現していく事。エネルギーの流れをダンスで現す事に関心があり、自分の中で膨らませていた一つの夢があった。それを表現する為にダンスが出来たらなぁと思っていた。
その為に誰か振り付けを誘導してくれる人を探していたのだが、のぶこさんを知って、私は是非、彼女に時期が来たら相談したいと思っていたのだが、その思いも彼女に話せた。彼女は面白いし大変興味深いと、話を聞いてくれ、やってみようと言ってくれた。
と、なると・・・!いつか私もダンサーに〜〜!!なんて・・・ (^_^)v
彼女が何故、ダンサーになったのか・・・それはとても精神的なものを求めての事だと言われた。自分の魂からのエネルギーを表現するには、自分はダンスだと思ったと。

☆肉体への戦い☆

ダンサーは肉体への酷使があまりにもひどいと彼女は言う。夕食の前に彼女をマッサージしたのだが、マッサージを通じて彼女が受取り、気づいたことは「私は私の体をまだまだ大切にしてあげていなかった事」と言われた。ダンサーとして今は現役で踊られてはいないが、現役の頃の彼女の肉体は練習により、筋肉のダメージ、血を流す足は常の事だったという。
そうして、無理にでも体を一つの理想とするフォームまでもっていく。それは、戦いであり、抑圧であると今の彼女は言う。
私自身が、私自身と戦っていたと。戦いがなくなり、平和を望んでいるのに、私は私の肉体と戦っていた。抑圧していた。
自分の中に戦いがあった事にきづいた時があったと。それから、彼女の体へのフォーカスが変ってきたようだが、それでもまだまだ自分を大切にできていない事、分かっていたつもりでも忘れていた事をマッサージを通じて、思い出したと言われた。そして「美津子のマッサージはアートだね。ダンスでもあるね。私の体を踊りながら流れていったよ。」と言って下さった。
まるちゃんというこのHPの表紙の菩薩様を描いてくれた友人は、「美津子さんのマッサージは日本語で「ご自愛ください」という言葉を思い出させる。ご自愛は自分を大切に、自分を愛するという意味でしょう。美津子さんの手は私の体にとって私以上に私を大切にしてくれた。」と言ってくれた事があった。 このフィードバックはとても嬉しい言葉で大切にしている。のぶこさんもそれを感じて下さったとしたら、この仕事をする者として最高に嬉しい。

☆ワンネストとは☆

「音楽をかけて体を動かしてみようか」とのぶこさんは提案され、友人と一緒にのぶこさんのミニワークショップが行われた。体をゆっくり動かす、静止させる。人と触れ合う、流れる。彼女の誘導により自由に体を動かし、気持ちのいい時間を味わった。どこでも、誰とでもこんな風に自由に体の感覚を味わう時間が共有できるなんて、とても新鮮だった。

彼女はいくつものプロジェクトをもっているが、宗教、人種、環境を越え、繋がれるよ。という事をベースにメッセージした活動をされている。そこには歌、ポエム、ダンス、アートがあり、様々なパフォーマンスがある。「ワンネスとは同じという意味でなく、違うけれど、繋がっているよという事」という彼女の言葉がとても響いた。
彼女は私の料理観をそのプロジェクトに入れたいと申し出てくれた。料理というパフォーマンスを通じて、思い出すことが出来ると。スピリチャリティの表現だと。アメリカにはそれが必要だと彼女はいう。

さて、これから先、私はのぶ子さんたちと一緒にどう繋がり、何を作り出していくのか、ワクワクとする。
彼女の周りにはアーティストも多いが、とにかく、アメリカ的に多種多様の民族とネットワークを組んでいる。そのバランスを彼女は大切にしている。白人だけの世界でもなく、黒人だけでもなく、アジアだけでもなく、バランスがとれるネットワークを作っている。
そして、人々の恐怖を取り外せる何かができたらと。違う事への恐怖をはずせたらと。違うけれど、つながれるという事を彼女はメッセージし続け、活動をしている。

☆おしまいに☆

彼女と別れる時、ハグを交わしたが、その時のハグ、そしてその後で私を見た時の彼女のまなざし。それは本当に「繋がった」という感覚だった。「契り」をも感じた。
のぶこさんは初女さんともロスで会われ、その魂は彼女の中に響き渡ったようだった。のぶこさんはガイア2番の英語版の上映会をしようとも考えている。
この出会いから広がる世界。私は手放しで楽しみなのだ。

2003年12月8日(月)

愛の形

昨日のダイアリーから続くが、違いについてよく考える。愛情の表現も全く違ったりするなぁと。
又、以前の障害児の活動の時の事に触れるが、ある日、子供たちと一緒に電車に乗り込んだ事があった。十数人の子供たちと指導員たち。みんな電車は好きなのだが、時々、人ごみにパニックになる子も出る事がある。又、不安定になってきた気持ちを押さえる為に、自ら大きな声で歌いだしたり、独り言を言い出す子もいる。
ある時、一人の子どもが話し出した。言語障害があるので、何を言っているかは回りの人には分かりにくい。
彼は自分の緊張を緩和する為に話し始めたのだが、近くにいたおじさんが「うるさいな!」と怒鳴られた。
その一言に驚いて、彼はぴたりと声を出さなくなった。
電車を降りて、先輩指導員の先生に私は「まだまだ彼らに対して理解ある人は少ないですね」といったら、先生は「でも、あのような叱られ方も彼には必要だと思うわ。色んな人がいる事。自分が出した声をうるさいと感じる人もいる事を彼も知り、いい経験をしたと思う。世の中には色んな人がいるからね。それを知ることは彼らにも大事な事だと思う」と言われた。
私は、なるほどなぁと感心した。
温室に彼らを置くことだけでなく、色々な表現を受ける事も彼らには大切な事かもしれない。
障害児に限らず、子どもに対し、親の愛、祖父母の愛、姉妹の愛、先生の愛、友だちの愛、近くの大人の愛。愛の表現は色々だ。
私にも3人の姪と甥がいるが、今は17歳から21歳となるが叔母になって、彼らのたまらないかわいさを肌で感じた。母は孫のかわいさは血が騒ぐようだとよく言っていた。姪や甥を通じて、愛の世界が広がった気がする。
子どもは色々な人の愛を受けて、豊かになるのだろう。
片寄った愛だけではなく、色々な人から抱いてもらい、声をかけてもらい、ほおずりをしてもらい、話を聞いてもらえることが大切だと思う。
色々な受止め方を経験し、子どもが自らの感覚を養っていけるのかもしれない。
妹が3人の子どもをもち、母は孫のかわいさを充分に味わえた。私もおばの気持ちを体感させてもらった。妹に感謝している。
表現の違う愛を受けて、子どもは豊かに成長していくと思う。
子どもは親が育てるというよりも、親がある意味でそれを開放し、広い世界に導いてあげること。手放していく事で、愛が広がるように思う。その枠を取り除いてあげる事も親の愛のように思う。
子どもは色々な愛を受ける資格がある。そこで、子どもは自らの判断をしていくように思う。
今、違いの素晴らしさが少しずつ分かるようになっている。そんな時期のようだ。違いは怖い事ではなく、素晴らしい成長のきっかけだと思うのだ。

2003年12月7日(日)

違いの中にある事

日本にいた頃、10年間、重度知的障害児の指導員として活動をしていた時期があった。彼らから学んだ事は限りなく多かった。
人からは「大変ですね」とか「偉いですね」という言葉を何度もかけられたが、それを言われるたびに私は疑問だった。何が偉いのだろう??
私は基本的に楽しいと感じる事しかしなかったし、続けなかったから。人の為にしている事ではなく、自分が楽しいからしているのにな・・・と。
自閉症の子どもたちは、私にとっては異文化に住む人たちのように感じる。 彼らには彼らの世界があって、私にはなかなか感じられない楽しみ方をしっている。

例えば、白い紙を一枚渡されて私達がその紙でする事は何だろう?絵をかく?折る?丸める?なんだか数えあげられるくらいの事のように思う。
しかし、彼らはその紙を無限に使う。驚くのは角度を利用する事。水平の紙を微妙に動かしながら、紙のうねりを見ている。見方も実に興味深い。
彼らの見ている世界は3次元の世界ではないのかもしれない。
彼らに何かを教える事は、次元の違う文化の人を無理に自分達の次元にあわせさせるようにさえ思ったことがあり、おこがましい事のように感じていた。
違う文化をもつ彼らと違いながら、接点を探し出す。
それが彼らと接する意味だと彼らから学んでいった。大人になるにつれ、頭が固くなる私を彼らは常にほぐしてくれ、私の常識が彼らにとっては何の意味もないものであり、自分の中の「当たり前」感覚が何度も崩壊した。
人と繋がる接点は、違う中に見つけていく。
今、繋がりはじめた元ダンサーの女性との出会いによりそんなことを思いだした。

2003年12月3日(水)

ピュアーな心

(メルマガ46号にて掲載)

先日、サンディエゴからニューヨークにお引越しをされたクライアントさんからメイルをいただいた。
ご本人の了解を得ましたので、みなさんにシェア-させていただきます。
とてもピュアーで温かいエネルギーを感じます。彼女は長く鬱病で悩まれ、ありとあらゆる西洋医学を尋ねられたそうです。
でも、どこに行っても病院からの帰りに感じる事は「虚しさ」だったと言われました。
サンディエゴにお住まいの時、私の方にお電話を頂き、ご相談を受けた事が出会いの始まりでした。お電話は何度かいただきましたが、遠いサンディエゴからロスの私の所まで来るには至りませんでしたが、ある時「美津子さんの所に行きたい」と言われ始めてこられたその日から、彼女は片道2時間以上の距離を運転され、通われるようになったのです。
毎月行うクラスにもご参加され、彼女の美しく輝く笑顔を私たちは見ることが出来るようになりました。誰も、彼女は鬱病だとは感じる事はなかったでしょう。
今、遠くニューヨークにお住まいですが、離れていても彼女が私達に見せてくれた輝く笑顔を思い出します。
心を病むことは今、とても多いです。でも、それを自分で受止められる勇気とそれを支える何か、自己信頼の愛を見つけ出せた時、心は動いて行くと思います。
彼女の存在はクラスを通しても、他のクライアントさん達に勇気を与えました。全てのことに意味があり、それは大切なその人へのメッセージであり、周りの人へのメッセージにも繋がると思います。
自分の苦しみに感謝の気持ちがもてるようになった彼女は、もう、大丈夫だと私は信じています。それでもまだまだアップダウンはあるプロセスを私はここから見守りたいと思います。
Yさん、素敵なクリスマスをお迎えくださいね。
以下、Yさんからのメイルの一部です。

「折にふれ "心と身体を繋げるセラピー”を読ませていただいています。
そして 3月から始まった HPの やわらかくきらめく 菩薩さまの 表紙も素晴らしいですね。お写真をみて 美津子さん トニーさんが 遠く離れていても身近に感じられて うれしく思います。
一年が経つのは本当に早く 時というのは駆け足をしているのでしょうか? 来年は リアホーヒーリングアドベンチャーとシャスタ山のワークショップ に今のうちから申し込んでおきたい気持ちでいっぱいです。そしていまだ 見ていない"ガイアシンフォニー” 寺山心一翁さんのお話会 佐藤初女さん のおむすび講習会など 心にふれる 力を与えられる そして感動で胸を 熱くさせるご縁に出会いたいです。

今でも 心の闇をさまようこともありますが 希望を失わすに 光を 見出そうとしています。美津子さんはおっしゃっていましたよね。
"光は遠くにあるのではなく 自分の中から呼び起こすもの”
私のこの苦しみがなかったら 美津子さんとの"縁”はなかったでしょう。

鬱病になったことに感謝、 美津子さんに出会えたことに感謝、そして 生きとし生きけるものすべてに感謝 そんな湧き上がる思いを実感しつつ あります。いつの日か完治して 笑って話せる時が来ることを待ち望んで います。

クリスマスの頃のニューヨークはとても好きです。寒いけれど活気があり イルミネーションは夜のとばりに溶けて。。。心が健康だと 何もかにも が美しく見えてきます。
それではお体をたいせつに。
感謝をこめて。」

感謝というのは、簡単なようで簡単な事ではない。特に辛い時の感謝は、離れていってしまう。だけれど、感謝とはただ「お礼」という意味ではなく、ただあるべきこと、その事実そのものに何のジャッジもせずに認められる心だと思う。
何かをしてもらったから、感謝するというよりも、あるがままの状態を受け止める心。
いいと思われることが起これば感謝、そうでないと感謝は消える。
きっと、それは感謝とは少し違うのかも・・・
もう、今、私達がここにいる事、その事自体への思いなのではないか。
委ねきれる思い、信頼。
生まれてきたことそのものへの、信頼のようにも思う。
Yさんが生まれてきた事に感謝。

2003年11月30日(日)

感謝

このダイアリーはメルマガ45号で発行致しました。

☆心穏やかに・・・☆

佐藤初女さんをロスをお招きする直前、私の思考回路もかなり満杯になっていたが、一番気にかけていたのが、初女さんの体調だった。83歳という年齢でのロスとサンフランでの講演、時差の事、こちらでのスケジュールの事。
初女さんからは了解のお返事をもらってはいたが、心配りは充分に出来ているだろうか・・・と、随分と考えていた。
考え、決定する事が続く中で、そんな心配が一杯になっていった時、夫トニーに聞いてもらった。夫は私の正面に来て、両手を出した。
「手を出して。」と夫は言って私の両手を握った。「いつものみっちゃんでいいんだよ。みっちゃんがいつもするようでいいんだよ。いつもお客様を迎える時のように、いつもクライアントさんと接する時の気持ちのように。いつものままでいいんだよ。」と言ってくれた。
私は、体の力がふ〜っと抜けて、そうだな、高齢だとか時差だとか色々心配するけれど、来られてから、いつものように精一杯初女さんに伺いながら進めればいいんだった・・・そんなに気負わなくても、大丈夫。うん、いつものままでいいんだ・・・と。思い出させてくれた。

☆信じる道☆

時々、私の中がパンパンになった時、夫はこうして手を握ってくれる。そして心を落着かせてくれる。
夫は初女さんを私と一緒に空港まで迎えに行き、講演、講習会のヘルプもしてくれ、その2日後にヨーロッパへと向かった。
空港に夫を送った車の中で私は改めて夫にお礼を言った。「トニー、あなたの広い理解とサポートがあるから、私は心置きなくこの活動が出来る。それがなかったら、私はこの活動は絶対に出来ないと思う。いつも助けてくれて、励ましてくれてありがとう」と。夫は「僕はね、みっちゃんの活動を100%信頼しているんだよ。いつも見ているでしょ。そして、僕は初女さんの活動も100%信頼しているんだよ。そして、初女さんの事が大好きなんだよ。そんな信頼の出来る活動を助けるのは自分の目指す生き方と同じ事。僕自身の価値観と同じなんだよ。だから、成功してほしいし、絶対に成功すると信じてるよ」と言ってくれた。
ヨーロッパに一ヶ月も滞在する夫に、夫婦としてゆっくりとした時間もとれないまま、夫を見送る事になったが、来月戻ってきた時は、おいしいものを毎日毎日作ってその分、お返ししようと思っている。

☆仲間の愛☆

夫だけではなく、今回私は活動を共にしてくれたメンバーにも本当に助けられた。少々くじけそうになる私を違う視点で励ましてもくれ、同じ視点でもねぎらってもくれ、本当にありがたかった。
初女さんの2回目のおむすび講習会が終わり、荷物を全て家に運び込んだ後、「みっちゃん、ちょっとだけ、肩をもんだける」とマッサージをしてくれた仲間。するともう一人のメンバーが私の右手を、もう一人は私の左手をと、まるで女王様状態でみんながマッサージをしてくれた。初日の講演会の直前も、肉体疲労がかなりたまった私をみかねて、指圧や足裏マッサージをしてくれた仲間。
私は涙が出そうに嬉しかった。誰の為でもなく自分の為に、自分が好きでしている活動とは言え、現実的な神経と肉体の消耗はあるもので、同じように頑張ってくれたメンバーがこうしてねぎらってくれる。本当にありがたかった。

☆人は人で磨かれる☆

人は一人では決して生きてはいけない。人に迷惑をかけていないように思ってはいても、それはきっと違う。人に助けられずには生きてはいない。
ガイアの活動は既に2004年に向かって進み始めた。2000年からはじめたこの活動が今回の活動を機に次なる展開を見せる予感がしている。
耕した土地から芽が出るような感覚。助けてくれる人たち。
日本人としてアメリカで出会い、日本人としての役割を感じあっている人たち。そんな人たちが集まってくる。
全てに偶然はなく、全ては必要必然の中で生まれ、進んでいる。 初女さんの言葉。「人は人で磨かれる。だから人の中に入っていくこと」本当にそう思う。
その中で美津子キャノンでいられる事、あなたがあなたでいられる事。 きっと、学ぶのだろう。
魂が望む学び。だから、出会いがある。
ロスから発信される日本人の魂の活動は、これからキラキラと波紋を広げ育っていくように感じるのだ。是非、楽しみにしていていただきたい!
私を育て、学びを与えてくださっているみなさん、本当にありがとうございます。

無限なる感謝

2003年11月29日(土)

菩薩エネルギー

初女さんとシャスタを訪れた時、私は一つの菩薩様を買い求めた。薄紫の菩薩様に一目ぼれした。HPの表紙の菩薩様も紫色に包まれているが、私は以前から何故か紫にひかれる。
シャスタから帰って来て、さっそくヒーリングルームに仲間入りしたこの菩薩様。まるちゃんが描いてくれた、ChiQ Healing Artsの守り神の菩薩様とどことなく似ている気がする。
そのまるちゃんからの原画の菩薩様も今はヒーリングルームに飾らせていただき、私は菩薩パワーに包まれて幸せ一杯。
初女さんにもこの菩薩エネルギーを感じる。包まれる安心感がある。
ロスから青森に到着された翌朝、初女さんにお電話をするとお元気なお声だったが「私の帰りを待って昨夜からお客様たちがイスキアに泊まって待たれています。今朝は電話がずっと入り、又、今日からはじまります。」と言われた。全く一服する余裕もなく、初女さんを待つ人は後をたたない。
初女さんは今回のアメリカ講演を通じて、「新に自分の使命を果していきたいという決心を強めました」と私に言われた。
私もサンフランの講演に参加し、主催者という立場を離れてその場に居合わせて、参加者の方々の変化をずっと見ていた。おむすびを食べる時のみなさんの顔は幸せそうで、初女さんにおむすびを握ってもらう間の待つ表情もまるで子どものようだった。
おむすびが体に入ってから、会場のエネルギーがより大らかに和らいだ。それを肌で感じ取った時、本当にこの初女さんをお呼びできた事、心から嬉しく思った。
日本人から今度は二世、三世の方々にも広げていきたい。魂のルーツ。
それがこれからのキーポイントになる気がする。菩薩エネルギーをもつ初女さんの力をおかりして、世界にこのエネルギーが流れていけば素晴らしと思う今日この頃なのだ。


2003年11月24日(月)

屋久島物語

☆魂の姉妹・美樹☆

美樹は今、屋久島で暮らしている。97年に夫トニーと出会ったエサレンで、美樹も同じマッサージのクラスメートだった。
その美樹が今は屋久島にいる。9月の日本帰国の折に、私は美樹を訪ねてはじめての屋久島滞在の夢がかなった。
美樹が借りている家はかなり古い小さな民家で、とても住めない状況だったのを彼女は一人で家の手入れ、改装をし、今は美樹らしいエッセンスの詰まった素敵な家に仕上げていた。
ここで1週間暮らせるのかと思うと、ワクワクとしてくる。美樹の愛が一杯つまり、毎日毎日一人で家の手入れと掃除を怠らなかった美樹は、「今はそれが自分への修業だと思っている」と言っていた。
大切にされた家はエネルギーを受取り、蘇る。小さな美樹の家は正しくそうなっていた。

☆朝から温泉!☆

もう、なんと言ってもこの温泉三昧の贅沢さ!美樹の家に泊めてもらった翌朝、私が顔を洗おうとおきだすと、「みっちゃん、温泉いくよ!」「えっ!朝から温泉!やった〜!」と、連れて行ってもらった温泉がすごい!目の前は海。それもすぐ前が海!もう、たまらない。何て贅沢な暮らし。
お風呂やさんもあるけれど、お湯は天然温泉だった。時々、あつ〜いお湯に入りたい時にはお風呂屋さんの温泉にも行ったが、殆んどがこの海の温泉に朝と晩は入りにいって。毎日毎日、大感動して叫んでいた。「うれしいな〜!うれしいな〜!」と、出て来るのはそんな喜びの叫び一色だった。

☆神様の手☆

初めて海の温泉に入った時、私の中にあるイメージが見えた。それは両手のひらで器を作っているような絵柄だった。何かの手の中にあるもの。・・・・。 それでピンと感じたのは、島のエネルギー体だった。この屋久島は神様の手のひらのような働きをしている島だと、私は感じた。
その感じたままを美樹に伝えた。「屋久島は神様の手だね」って。

☆子どものように☆

今回の島案内は美樹がお気にいりの場所へと連れて行ってくれた。屋久島は滝が多く、いくつもの滝にも訪れたが、その中でも美樹にとっては思い入れのある場所があり、どうしても連れて行きたいと案内してくれた。
岸壁を撃ち割ったようなスケール。そこから流れ落ちる水の迫力。しかし、滝壷は静かでうねっていない。美樹は夏はここで泳ぐのが楽しみなのだそうだ。 9月の後半であったけれど、もうその滝壷を見たら何のためらいもなく、私と美樹は泳ぎ始めた。それも・・・すっぽんっぽん。丁度、人もいなく私たちだけで、ちょっぴり冷たいけど、それ以上に気持ちいい。またもや「うれし〜!うれし〜!」の連発。
体の芯から清まっていく。水はすごい浄化力。水への感謝。ここに来れた事への感謝。
同行した島に住むけいちゃん(男性)と姫路から訪ねて来たなかのっち(女性)。けいちゃんと美樹と私は滝壷の中で子どものように泳いだ。なかのっちは「体が冷えるよ〜」と私たちを見守っていた。泳いだ後は「にゅう麺が食べたい!」という私の我侭な要求を聞いてくれ、けいちゃんは泳ぎ終わった私たちにあったかいにゅう麺を作ろうと、水を汲み、石を重ねて火を起こせるようにし、岩をひょいひょいと渡り歩いて、枯れ木を拾い集めて来てくれた。
上手に火をおこすけいちゃんは、とても頼もしく、見入ってしまった。けいちゃんのお陰でおいしいにゅう麺が食べられ、温かいお茶がのめました。

がじゅまるという根か幹がわからないようなジャングル化した場所にも行き、そのがっしりとした木を見たら、もう瞬間「あ〜登りたい!」と木登りをした。何か身も心も子どもに返る。自然の大きさに委ねて、甘えて、遊ばせてもらえた。すると返って来る心は喜びと感謝だった。

☆島に移り住む人たち☆

島に移り住んで来た人たちは個性的な人が多かった。美樹もそうだけど、滝に一緒に行ったけいちゃんも同じく。スピリチャルボーイだった。みんな中に強い光をもち、ピュア-な魂をもっていた。だけれど、同時に傷ついている事もとても感じた。
自分の中で癒しきれていない何かと、流しきれていない何かを抱えながら、ピュア-な魂が光りたいと中でうずうずしている。
私が美樹の家で滞在している間は色んな人が尋ねてきてくれ、毎夜毎夜、話し込む事になり、美樹は「みっちゃんのワークショップ参加者が毎日来ているよ」ってわらっていたが、美樹と二人で夜を過ごした事は一度もない程、毎日人が尋ねてきてくれた。
美樹が「みっちゃん、私は不思議に思うの。こんなにきれいな島にいるのに、私はとても辛くなる。素晴らしい自然の中にいるのに、自分の嫌な所がドンドン出てきて、苦しくなる。」と言った。私は屋久島に来てまだ数日。でも、美樹という島に移り住んだ人の元で滞在し、同じように移り住んでいる人たちと沢山出会わせてもらい、その中から見えたこともあった。そして、この島のエネルギーの意味が私の中では繋がっていった。
「美樹、それはさ、この島にいるからだよ。この島は全ての想念を受入れ流す事ができる。それだけ、強い浄化力をもつ島だと来て感じるよ。普通は人々の想念が渦巻くと、町がそのエネルギーを受けて町全体が辛いエネルギーを放ってしまう。そんな町は沢山あるよね。でも、この島は人間のカルマや想念、消えきれていないものを吐き出させ、吸い取り、そして浄化してしまう。だから、ここは神様の島だと思うよ。自らの中を浄化しに島にきていると思うし、その先に進む道がみんなには用意されているからね。でも、どんな想念がこの島に流れてもこの島はびくともしない。全部浄化させる力がある。これってすごいよね。この雨の量の多さも滝の流れも全部それが物語っているよね」と、答えた。美樹や島に移り住んで来た人たちは、何故かその私の感じた事に妙に納得していた様子だったけれど、私は私の視点から感じる素直な言葉だった。

☆神様の手とその意味☆

人と土地は縁があって呼び合い、そこで住む事を許されると思うのだ。私はエサレンで夫や美樹と出会ったが、自分がエサレンマッサージを学ぶという以上に、私にはあのエサレンの土地と縁があったのだと思っている。
屋久島に縁が繋がり、移り住んだ人たちは、彼らの中の美しい魂を光らせる事が出来る人たちばかりだと思った。だから、屋久島の力を今、かりているように思う。島を出る朝、けいちゃんが私とあわせたい人がいるからと、今回は時間がないかもしれないけど、握手をするだけでもいいから、繋げたいからといい、ある男性にコンタクトを取ってくれた。

けいちゃんの直観に従い、帰りのフェリーに乗る前にその男性の元を訪れた。本当に挨拶をするだけで、帰ろうとしたのだが、その方は「時間がないのなら、私がフェリー乗り場まで車で送ります。そしたら、車の中で話が出来ますね」と言われ車を出してくださった。
とてもスピリチャルな方だった。彼が体験したきたお話も色々としてくださった。私は最後に「この島を訪れてすぐに、イメージで見えたことがあって、それは手のひらで作られた器のようなもので・・・」と私は自分の手のひらを使って形作って話をした。すると、その方は「それは、島の残岩石の姿なのですよ」と言われ、車から地図を出して、20億年以上もの残岩石が島のどこを覆い、それが島のベースにあるのだと地図を見せて教えてくださった。「それが、屋久島を支えているのです。この島が神的な島と言われるけれど、確かに自分もそう思う。そしてその現われが、あなたが今手で器を作ったように、そのものの形をしているのです」
これが、島を去る直前に聞いた言葉となった。私はあ〜、ここには絶対もう一度こよう。と思い、けいちゃんの方を見て、繋いでくれた事への感謝をまなざしで送った。けいちゃんは、全て分かっている様子で、まなざしを送り返してくれた。

来年は屋久島でワークショップをしたいと思っている。イメージした事を美樹に伝え、美樹の感性と直観力でそれにあう場所に案内してもらいたいと思う。
美樹の感性は透明感があり、エサレンで彼女の五感は果てしなく開いた。めったに経験出来ない世界を彼女はマッサージを通じて経験した。その感性をもつ美樹にオーガナイズをしてもらって、屋久島ワークが出来たらなと、次なる夢をもっている。この企画にピンと来る方、是非屋久島にご一緒しませんか?

2003年11月4日(火)

常にフレッシュエネルギー

「いつも人の体を触って、エネルギーを使うので、疲れるでしょう?」とよく聞かれる。でも、私はその反対なのだ。
明確に分かるのは少々、調子の悪い時。そんな時に仕事をすると終わった後、すっきり元気になる。
ヒーリング中は私の中に循環が起こる。1時間半のセッション、私のエネルギーはずっと動きつづけている。
その循環が私を活性化させるようだ。

今も続けている呼吸法でも、同じ事。循環を止めると後はもっとけだるく、どんよりとした肉体になる。流れきれないエネルギーは古くなり、体の中に蓄積される。古いものはどんどんと流し、循環させていく事が一番大事。
呼吸法のクラスでは、気が循環した私の体は跳ね上がったり、すごいバネが出たりとするが、これは慣れない人が見ると、結構驚かれ、引かれてしまう。 「美津子さんて怪しい人〜」と思われる事もしばしば・・・(>_<)
今まで、そんな人目を気にし、私は何度か巡ってくる気の流れを止めてしまったことがあった。すると、後がもう、言葉に出せないほど苦痛なのだ。気だるく、重たく、軽い頭痛もするほど。
人目を気にして自分の体の中に流れるフレッシュな気を滞らせては勿体無いと、今は開き直り、人がいようがいまいが、私は私の肉体の動きを開放する。 気が全身に駆け巡る時、体は一気に活性化される。その後は最高の気分なのだ。
日本の呼吸法N塾などでは、私のようなタイプは珍しくないと聞く。動き回って、うさぎ跳びに、逆立ちに、壁を駆け上がる人まで出るらしい。
気が巡ると体は自分でも信じられないくらいのパワーが出る。

その爽快感を覚えたら、ちょっと位「変な人〜!」と冷ややかな目で見られても、もうおかまいなし!
エネルギーは生き物だから、常に新しく流しましょう!