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March-May|June-October|November-January

2004年4月17日(土)

愛の人

メルマガ67号

日本での仕事が終わり、大阪の実家に戻ってきました。今回は旅がらすのように色々な場所を訪れ、みなさんにお世話になりました。沢山の出会いをいただき、とても楽しい日々でした。桜に包まれた日本での日々は桃色エネルギーで、私の体中を包み込んでくれました。茨城で見た八重桜もそれはそれは美しく全てが桃色の世界でした。

私にとって今回の日本は貴重でした、そして全て次へと繋がる芽吹きの日本滞在でした。
天女の舞とご紹介したムードエクササイズラは文字で読むだけでは、イメージがつかめなかったみなさんも、実際に呼吸法と共に体を動かされたことで、自らの中に沸き起こる「平和的」感覚を感じられたと思います。体を動かすことで自らの中に感じる平和のエネルギー。何かが動き出した実感が私の中にありました。

多くの人が自らの平和を求めている、輝やこうとする自分に出会おうとしている。その上昇する個の意識が、大きく波打っている時期なのだと思います。
さて、今日はスーザンオズボーンのコンサートで感じた思いをつづりたいと思います。まだまだ、日本での気づきを綴りたいのですが、ロスに戻ってゆっくりと書かせて頂きますね。

★愛の人★

スーザンオズボーンの歌はガイアシンフォニーの挿入歌で耳にしていた。日本の童謡も彼女は数多く歌っていて、その響きは私の中に染み込むような感動があり、いつかご本人に会いたいなぁと思っていた。今回の日本滞在中にスーザンがライブを行うと聞き、京都まで出かけていった。お寺で開かれたスーザンのライブには、ロスでご縁が繋がった画家の風さんにも再会でき、隣同士で聞きいった。
風さんも愛のアーティストです。また、彼のことも改めてご紹介させていただきます。
それにしても、スーザンの世界は素晴らしかった。人には与えられた天命があると思うけれど、スーザンは歌で愛と平和を伝える人だと思う。

会場は法然院という哲学の道近くにあるお寺だったが、このお寺は色々なイベントを行っているそうだ。スーザンのライブは本堂で行われ、後ろには堂々たる仏像がその存在感を漂わせていた。その前にたたずんだスーザンは、体の芯から愛を歌ってくれた。
私は何度も目を閉じて、歌を聞いていたが、水、火、風、光...と歌とそして奏でられる素晴らしいピアノの音色から、色々なビジョンを感じ取った。彼女の歌には色々な自然界の要素が含まれ、その膨らむ彼女の愛の世界に引き込まれた。
体の中に流れ込む響きを感動と共に味わうことが出来た。

★違うものとの交流★

スーザンが最後に歌った歌は「アベマリア」だった。彼女が本堂一杯に響かせる音・・・「アーメーン」・・・そのバイブレーションが本堂中に伝わっていく。なんて美しいバイブレーション。
その響きを一体感の中で聞いた。スーザンは、歌い終わって、後ろを振り返った。後ろには仏像がある。そしてその仏像に対して、スーザンはサインを送った。「ありがとう」そんなサインだった。
お寺で「アーメン」と歌う。違う宗教。違う祈りの響き。お寺の住職はライブの前にこう話された「お寺を色々な方に使っていただき、足を運んでいただき、作っていきたい。場を提供することで主催者の方との話し合いでは色々と折り合いをつけないといけないことはあります。時に妥協をしなければならないこともあり、主催者の方にご理解を頂くこともあります。でも、その違いを分かり合いながら、こうして多くのみなさんが集ってくださり、今、このお寺がこのような形で使っていただけることありがたく思っています」というようなお話だった。
スーザンが仏像の前でアーメンと歌い、その後で、後ろを振り返って笑顔で仏像に挨拶をした時、私はなんて美しい信頼関係かと感動した。
お寺はアーメンという響きを祈りには使わない。でも、その自分とは違う祈りの響きに場を明け渡している。
自分をなくすことなく、他を受け入れる信頼関係。人を受け入れる時、一旦、自らの色は透明化しているように思った。アベマリアは本堂の中で何の違和感もなく、響き渡った。

この美しい関係性に感動し、これこそが人と人が繋がっていく姿なのだろうと思った。自分と違うものが自分の中に流れ込んでくる時、人は抵抗することが多い。自分の中を信じればこそ、そうでないものが流れ込んでくることに抵抗することも多い。
しかし、人を受け入れることは自らを失うこととは違う。自分を持ちながら、他を認める美は平和の美。小さな抵抗を起こすより、一旦、自らを透明化することが人を受け入れ、自分の中で信じているものもより輝き出すと言うことなのだろうか。
違いがあることは当然。しかし、相手の世界を認めている姿は何よりも大きな平和へのメッセージ性を持つ。そして美しい。
スーザンのコンサートはそれをみせてくれた。深い信頼関係。神様という存在があるのなら、それは枠を越えた大いなる存在なのだなとも、思った。
ライブが終わって、感動を味わっていると、携帯がなった。相手は佐藤初女さんだった。スーザンと初女さんもとても仲良しで、なんといういいタイミングの電話。このライブでは、スーザンもガイアシンフォニープロデューサーの龍村ゆかりさん、初女さんと、ガイア色が繋がっていった。
風さんがスーザンを紹介してくださったので、少しお話をさせていただいたが、その時にとった写真にはやはり玉響が沢山出現していた。スーザンの波動に誘われるように、玉響が出ている。

★おしまいに★

初女さんから実家に小包が届いていた。トニーのお土産にしてくださいと梅干を送ってくださった。「美津子さん、アメリカと日本を繋ぐ架け橋として、ご一緒に手をとりあって、進んでまいりましょうね」とお手紙に書かれていた。初女さんは、又今年の10月にアメリカに来てくださる。
84歳になる初女さんは、何の迷いもなくご自分の使命をまっとうされている。ご縁を「ありがたい」という思いだけでは済まさずに生きたい。
自らが平和となって生きられる人々の姿はゆり動くことのない美をもち、私の目の前に現れてくださる。
美しさに感動する、今回の日本だった。本当にみなさん、ありがとうございます。

無限なる平和の美

2004年4月17日(土)

女神山ワーク

メルマガ66号

日本でテレビを見ていると、へ〜っと、思うことがあります。木村拓也のCMで「人間には二つのタイプがあると思う。開いている奴と閉じている奴。今の僕はどちかだろう?開いているかな?」というものがありました。又、「どうして自分の子どもを愛していいのかわからないお母さん、先ずはお子さんを抱きしめてあげてみてください」と呼びかけるCM。
今の日本のある部分を象徴しているように思いました。桜のエネルギーの中で暗いニュースが連日報道されています。そのどちらも、今の日本です。
美しい自然からの無限なる愛が流れる春の日本。でも、心はそれに波長を合わせられず、机の下にもぐりこむ、光のない世界で光を求め続けている事もあります。この春からの愛は誰にもどんな状況にあっても、今の日本に均等に降り注がれているのだけれど・・・机の下にもぐり、春が見えないと追い続けている沢山の傷ついた心も感じます。
日々、私の中には様々に感じる心があります。どれも大切な心です。みなさんの春は、みなさんと共にありますか?

★春の山に★

日本で滞在型のワークショップを行ったのは、今回が初めてでした。長野県の女神山ライフセンターは以前から、よく耳にしており守られた空間とおいしいお料理はワークショップには最適だと聞いていましたので、とても楽しみに出かけました。そして、本当にその通り、守られた空間の中で春の風と鳥のさえずり、命の芽吹きの中で女神達が心を少しずつ開いていってくれました。

参加者のみなさんが到着された時は、皆さんは少し緊張した様子で、みんな同じような姿勢をして座られていました。体に持つ緊張の場所が不思議にみんな同じ所にありました。
女神山について、私はその周りを散策し、ピンと来る場所をワークに取り入れようと歩きました。私が選んだ場所は、竹林でした。天に向かってそびえる若竹。あの林の中に入り、ワークを始めようとイメージがわきました。
自分の一番固くなっている心の部分をあの林の中で見つめる。そんな思いで一人一人を林の中に招くことからワークは始まりました。 自然界に力を貸してもらってワークをすすめることが多いのですが、そんな時は必ずその場所にご挨拶をします。その場所に入らせていただくご挨拶、お礼ですね。私はそういう時は、言霊と印を組むようにしています。

印というのは、私にとって人間界と自然界、そしてさらに3次元と4次元を結ぶ一つの道を作るというように理解しています。場を清め、エネルギーのバイブレーションを感じ取るのです。
今回の参加者女神さん達も、そのバイブレーションの中で心の皮を紐解き始めました。

★心のひだを緩める★

自分で自分の事が分かっているようでも、自分の中にある心のひだは複雑な事が多いです。そして、長い間、封じ込めていることも多いのです。守られた空間は、そんなひだのつまりを緩やかにしてくれます。頑なになる事で、自分を守っていたその緊張感がほどけ始めた時、自分でも意外な自分に遭遇するものです。自分の中に流しきれていなかった、涙が流れ始めるのです。女神達は沢山沢山、泣きました。

そして、女神達はその涙をみんなで受け止めあいました。私は女神達の心のひだを私の身体にも流しました。私の身体も一緒に泣きました。一体化した、女神達との和は私を個の美津子キャノンから、より深くいざない、私の中の菩薩が顔を出したようにさえ思えました。
ワークの間、私は個を越えていました。私の手は女神達を抱き、女神達に触れ、赤子を抱く母のようにただただ愛おしさにあふれていました。女神達の心のひだは、震えながら、涙と共に流れ出し、深い時間を共にした時間がすぎていきました。
みんなが赤子になり、みんなが見守る母でもありました。

★素直さからの美★

自己表現の美しさと感動は、その人が本当に素直になった時におこります。身体を使ったボディワークやパフォーマンスで女神達が見せてくれた表現はとても素直で、私はその素直さに涙が出るほど、感動しました。人が素直になると、どうしてこんなに美しいのでしょうか?

感情というシールが光の玉の周りに張り付いて、光が存分に出せていない時があっても、でも、光は必ずどんな人の中にも生きています。誰一人光のない人はいません。かわいく、美しく光るその玉は、かけがえのない、その人自身。
一人で林の中にただずむことも、太鼓の音で踊ることも、静かに印を組むことも、全ては光を輝かせるための助け。感情のシールが揺れて、動いて、流れ出す事を助けてくれます。

ムードラエクササイズがすっかり気に入った女神達から既に次回の「ムードラワークショップ」の依頼を頂き、又秋にもワークをすることになりそうです。ムードラは天女の舞だと思っています。天女のように祈り、舞いたい方、是非、ご一緒しましょう。あなたの中の古い記憶がきっと、あなたを舞いに導きますよ。

帰りの電車の中でみんなが話していた会話「私、家に帰ったら、ムードラを組みたい〜!」「あ、でも、ムードラを組む前に先ずはお部屋のお掃除しないとね」そうです。ムードラはエネルギーのお掃除、でも、現実的なお部屋のお掃除も大事です。この見えない世界と見える世界の二つのお掃除が出来てこそ、バランスが取れていくのです。女神達はしっかりそのバランスを認識された様子。一番嬉しいことですね。

女神さんたち、素直なあなたの美を見れて、私は感激です。その美しさは人を感動させます。本当にありがとうございます。

無限なる美

2004年4月12日(月)

桜の日本
(メルマガ64号)

日本に帰ってきています。到着した3月31日から桜は美しい姿で迎えてくれました。その後、毎日桜三昧。上を向いて歩く日々が続きます。朝、昼、夜と桜を見、今回の帰国目的の一つ、「桜を見たい」という願望は存分にかなえられました。それにしても、この桜がもつエネルギーは気持ちいいですね。金色の細い細い糸が桜から振り注いでいます。桜の妖精でしょうか。きっと、春が始まる時、この桜の妖精が舞いおり、私たちはそれを浴びるためにお花見に出かけているのでしょうね。

春は浄化の季節。野草が顔を出します。体の中に流れ込む野草の力。血液の中にしみこんでいきますね。
実家に到着して私が何よりおいしいと感じたものは、母達が小さな空間で作っている畑でとれたせりや三つ葉でした。山で竹の子も掘ってきてくださり、春の芽吹きをいただきました。優しく力強い春の息吹が私の体に流れ込む時、命の喜びと感謝が生まれます。
そして、一昨日長野県で頂いた「ふきのとうの天ぷら」は口に入れた瞬間、香りが広がり感動的でした。命そのものでした!
なんという美しい国、日本でしょう。歩きながらため息が出るほど春の美しさを味わう日々です。
8日からでかけた長野県でも、丁度桜が咲き始め、大阪で終わりかけた桜を今度は長野でも見ることが出来、今年は本当に桜に出迎えてもらっているようでした。
桜に桃、雪柳にれんぎょう、菜の花・・・沢山の春の命と交流している今回の日本滞在。

体中に桜のエネルギー、あの金色の細い細い糸が私を包みます。

★私のDNAに・・・★

そんな美しい日本に帰ってきて、自分が日本人であること、日本語が当たり前に体の中を行きかう心地よさを味わっています。夫がアメリカ人なので、日常生活を英語で暮らしている私にとって、回りで流れる言葉が日本語で、頭のスイッチを切り換えなくても、当たり前に流れ込む日本語はなんとも楽チンです。

大阪生まれの私にとって、特に大阪弁は面白いように体に入るのです。これはアメリカで暮らすようになって改めて発見することですが、例えば、家族と温泉付銭湯などに出かけると、沢山の女性達が楽しそうに大阪弁で話しこんでいます。その会話が私の体にポンポンと弾けるように、響いてくるのです。とても楽しいリズムです。大阪エナジーは個性的で陽気です。
その乗りは独特で、大阪に生まれ育った者には共通にしみこんでいるものかもしれません。その感覚を大阪にいると感じます。懐かしい音楽を聴くように、楽しくなるのです。不思議だなぁと、感じる自分の事が又、不思議です。

今、ロスで暮らしている環境とこの大阪の環境はあまりにも違うのですが、でも、その両方が私自身であり、DNAに刻まれた大阪で感じる感覚は私の中で弾けていきます。この弾ける感覚がロスに帰って、あの海の見える部屋での暮らしに繋がっていくのです。

★思い出が今に繋がる★

古くからの友人と会うと「たこ焼きとお好み焼きとラーメンが食べたい」と私は要求します。「え〜、そんなのが食べたいの?」と驚かれますが、それは、その食事がしたいというより、それに付随する大阪でのあの時々の思い出に触れたいということなのです。

気心が許せる何十年来の友達に車を走らせてもらって、屋台のラーメン屋さんに連れて行ってもらいます。そして、あの寒い夜にここの屋台でラーメンを食べたよね〜と、その時の気持ちを思い出して、その時の人とのつながりを思い出し、今も離れた環境にあっても、色々な環境に変化があっても、こうして又一緒にこのラーメン屋さんにいける関係に喜びを感じます。

私にとって過去と今は繋がっています。昔の思い出も今の私に繋がっています。それぞれが人生を重ね、別々の所で生きながらも、又会える喜びとそれぞれの「今」を感じあいながら、繋がっているってやはり嬉しいことです。

★ワークツアーが始まります★

8日から長野県女神山で滞在型のワークショップをいたしました。それはそれは深いワークとなりました。これも春の山の守られたエネルギーの中だからでしょう。女神山で出会った女神達とのお話も是非、次回のメルマガで書かせていただこうと思います。

来週から関東に向けてのワークとマッサージセッションツアーが2週間始まります。30名の定員が一杯になっているワークもいくつかあり、今回も沢山の方々にお目にかかれるようで楽しみです。そして、みなさん、愛に来てくださり、本当にありがとうございます。

無限なる春の命

2004年3月28日(日)

森の中から
(メルマガ63号)

今、森の中にいます。あさってから日本行きなので、なんとも毎日が忙しくすぎます。でも、忙しくなればなるほど、自分には栄養が必要だと思い「焦らなくても大丈夫だよ〜」と、独り言のように言ってみたり。森の光の中でのセッションの時間も祈りが深まります。それは、気持ちがざわついている時ほど、セッション毎の祈りの時間で私の心も癒されていきます。私にとってこの仕事は私へのギフトだと感謝なのです。いつもの海の家とは違う包まれたエネルギーの中で過ごす森。
心配していた、愛犬レンのこと・・・初めての大きなシェパードやゴールデンリトリバー、馬に鶏、あひるとの対面。仲良くやれるのだろうか・・・と。しかし、これは全く無用な母心というか、私が神経質になれば、自分が疲れるだけ。動物には人間が教えて上げれない動物同士の世界があるから、レンにはいいチャンスだと思い、ひやひやしながらも、見守ることにしました。
レンより大きな犬達の方が迷惑だったようで、子犬のレンにじゃれまわれて気の毒でした。でも、一日二日とたつうちに不思議な3匹の関係が出来て、互いに気持ちのいい距離感を作っていくようでした。

2日目はレンともう一匹の犬が私達と一緒に眠り、3日目にはもう一匹の犬も加わり、ベッドルームは人間二人と犬3匹が一緒に眠りました。
なんだか、とても幸せな気持ちでした。動物と過ごすことってなんて穏やかなのでしょうね。レンが来てから、動物に対する思いが前よりも強まり、共にいる幸せ感をより感じるようになりました。

★エンジェルスマイル★

先日のメルマガでもお知らせしましたが、そんな忙しい私自身のためにそんな時こそ、心の栄養を!と、素敵な笑顔をもつシンガー、マイクサリバンのライブを森の中で行いました。自分を癒すために彼の歌を聞きたかったのです。今日、日曜日の昼下がり、お友だちも集まってくれて、マイクの歌声を木々の木漏れ日の中で聞きました。
マイクの声は私には風のように聞こえてきました。一番最初に私も大好きなジョンレノンのイマジンを歌ってくれたのですが、心の中に流れてきて、涙が出そうでした。彼の笑顔はやはり、温かでした。

今日は最高に気持ちのよい日で、温かでお日様の日差しは木々が覆ってくれて、私たちはバルコニーに腰を下ろし風を感じ、光を感じ、静かな時間を過ごすことが出来ました。
ライブが終わってからマイクが「みつこ、瞑想を教えてくれない?僕はテクナットハンがとても好きなのだけど、なかなか瞑想が難しいんだ」と。私もテクナットハンが大好きなので、「じゃあ、私がいつもしている呼吸法と一緒に少しやってみようか」ということになり、ライブ終了後残っている人たちと一緒に和になりました。
呼吸は今を感じられる貴重な一瞬。意識をしないと流れすぎるばかり。言霊と呼吸法を使い、耳に入る水の音、光、風のエネルギーを体に流していく。ゆったりとした呼吸は何よりも大事だと思います。
今日はとても気持ちのいい日。忙しい中にこの日を作ってよかった・・・

★ムードラの動き★ 今、印(ムードラ)を取り入れた、エクササイズをクラスでもしています。呼吸法を使ったこのエクササイズはゆったりとした太極拳のような感じになりますが、とてもエネルギーを感じます。エクササイズの後は気がめぐって、じっとしていられないくらいエネルギーが湧き出す人もいるのです。又、反対に眠気が襲ってきたりもします。今日は午前中はそのエクササイズのクラスの日でもあり、瞑想が終わってから、私はマイクに印を披露したいのだけどと申し出て、さっきマイクが歌ったバルコニーで今度は私がパフォーマンスをしました。
印の動きを見た彼は「今、僕はとても平和的な気持ちになっている。とても静かな心」と言いました。

「ねえ、マイク、この印をダンスのようにしようと今、動きがあるの。私もエクササイズとして、使ってもいるの。マイク、この印に何か音を感じない?」というと、マイクは興味深そうに「面白いね。やろうやろう」ということで話が盛り上がり、日本には天女がいて天女は祈りの舞を踊るエンジェルなのだと、印の舞はエンジェルダンスなのだ・・・などど、わけのわるようなわからないような説明をマイクにした私・・・
なんだか、面白い。例えばマイクがムードラにあわせて、ギターを。アフリカ人の人が太鼓をなんて、アメリカにいる色々な人種の人と一緒にこのムードラダンスを楽しめたらなぁと、新たな夢も広がってきた。
出会いは楽しい。みんなが持っている自分の表現を生かしながら何かが作り上げられたら、いや作り上げなくてもその時間を共有できたら、それだけで、その場に平和が生まれると思う。
私の尊敬する日系女性のぶこさんからパフォーマンスを通じて行う平和活動の姿を見せていただき、感動する。
言葉を越えて異国の人たちが楽しめる、微笑むことの出来る活動だと思った。
さて、動き始めたムードラの展開は、これから出会う人たちを繋ぐ役割をしてくれるのかもしれない。天女の如く、舞いたいものだ。

★おしまいに★

森の夜も更けていく。このメルマガは感動した今日に書こうと、パソコンに向かった。私の隣で数日前までレンのエネルギッシュさに迷惑そうだった大きなワンちゃんコディアの眠るそばで、レンが眠っている。なんて、かわいい〜!
コディアの足元にレンのちっちゃな足を乗せて、2匹は眠っている。あ〜〜、平和な時間。(こちらもHPをどうぞ〜)

この幸せなモードであさってからの日本に向かいます。日本は桜が満開でしょうか?!
うれしいなぁ〜!お目にかかる皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。
最後に、あわてものの私はメルマガでよく間違った漢字変換をしております。下書きもせず、いつも書きたい時にさっと書くもので・・・送信した後に気がつく始末でございます。いつも申し訳ございません。今回は大丈夫かな・・・

無限なる平和

2004年3月17日(水)

★薫ちゃん★

薫ちゃんとのつきあいは、15年ほどになる。私が20代後半で福祉の世界に入りたいと勉強をし直した学生時代に10歳年下の薫ちゃんと同級生になった。中高時代にソフトボールをしていた彼女は少年のように元気で、純粋な人。学生時代にすっかり意気投合して、一緒にテントを担いで、青森の命の祭りに参加したり、マウンテンバイクで走り回ったこともした。薫ちゃんは身内に近い、安心感を私に与えてくれる。彼女といると大阪の乗りの美津子が多いに顔を出す。私の妹でもある薫ちゃんだ。 障害児施設で働く彼女は、とても忙しくかなり疲れているようだった。急にとれた4日間だけの休暇を私の所に行きたいと申し出てくれ、突然のアメリカ行きが決まった。 「みっちゃんの日常を見たいから、特別な所には連れて行ってくれなくていいよ。みっちゃんの生活や普段行っているところを見せてほしい」と彼女は言った。私のお気に入りの散歩道、朝市、いつもいく自然食のお店、リアホー、トニーとレンとのジョギング、月に一度行うクッキングクラス、いつも入るジャグジーとプール、そしてマッサージ・・・そんな私の日常を彼女と共に過ごした。

★まさにクッキングライブ〜田村 薫★

クッキングクラスに参加した薫ちゃんが、その日の夜、感想を話してくれた。それが私にはとても新鮮にうつり、そして、「まさにクッキングライブ」という感想を書いて渡してくれたので、彼女の了解を得て、ここに紹介させていただきますね。

「みっちゃんのクッキングクラスに始めて参加しました。クッキングクラスというので、料理教室をイメージして参加したのですが、どうも俗にいう料理教室のように、レシピが用意されて、先生がいて、先生の料理方法をまねて、「さあ、みなさんもご一緒に」と包丁を握り、みじん切りやイチョウ切など、技術を習うようなものだと思っていました。
ところがところが、みっちゃんのクッキングは、食材選びからはじまっており、参加するメンバーの顔を思い浮かべて、朝市に出かけ、メンバーのイメージをインスピレーションで感じ取り、食材を選ぶ。普通なら、「今日のクッキングは〜〜を作るから、この食材が必要ね」と選ぶところなのに、勿論、みっちゃんの中では、まだ何を作るかなんか、買い物の時点では全く決まっていません。
ただただ、参加者のイメージだけで食材を選ぶのです。参加者の顔を思い浮かべていると、その日に必要な野菜や果物を感じ始めるというのです。そして、参加者が集まる1時間前には食材を全てテーブルに飾り、披露できるように準備され、食材たちはまるでステージにあがった役者のようで、みっちゃんはひとつずつ、その役者達にスポットを浴びせるのです。
いよいよ、クラスが始まります。食材を見ると、偶然にも緑野菜が集まっていることに気づき(みっちゃんは無意識でそれらを購入している)「今日は、緑についてお話しようと思います」と、話が始まりました。
「緑って?」と、バクゼンすぎてびっくりする私に「緑という色からどんなイメージを浮かべますか?」とみんなに聞くのです。
「平和・・・」と、答えた私。みっちゃんは、緑という色からイメージを膨らませ、植物の命や心の世界、命を守ることについて話を展開させていきます。それから私は、どんどんみっちゃんの食の世界に引き込まれていきました。
朝市に並んでいた一つ一つの食材に手をかけていくみっちゃんの手は、まるでマジシャンのようで、食材たちはどんどん変身し、私にまで食材の喜ぶ気持ちが伝わってくるかのようでした。私は、みっちゃんの手の中でふんわりともぎ取られていく、あの緑野菜になりたい!あのボールの中に入ってみたい!と思いながら、気持ちよくその世界に入り込んでいました。
みっちゃんは言います。「どんな料理を作るかではなく、どんな風に料理をしてほしいか?どう変身したいの?と、食材と会話をするのです」と。私はみっちゃんのクッキングに参加して、まるでライブを見たように心が揺れました。
そして、これはクッキングライブで野菜達は楽器、参加者は観客、みっちゃんはアーティストなんだと。
白いキャンパスに絵を描くように、みっちゃんは、真っ白の中から参加者のイメージをかぎ分けて、野菜と参加者を繋げる、アーティスト。
今日の野菜は今日の参加者の為に選ばれた特別な役者達。その役者がみっちゃんというアーティストの感性で変身していく。そんなライブコンサートなのです。驚きと感動と楽しさに包まれた3時間。今日の観客の為に選ばれた野菜は、おいしく気持ちよく、みんなの体に入っていくようで、今日の自分にぴったりの料理に仕上がり感動する人もいました。
次回、日本に来日の際、又このクッキングライブを見せてもらいたいと思います。その日を楽しみに。 薫」

★なすびの縁★

そういえば、薫ちゃんとグンと親しくなったのは、私が作った「なす料理」を学校に持っていった時だったと薫ちゃんが言います。夏のスクーリングでなす料理を作って持参していた私は、昼休みにみんなにおすそ分けしていたのです。一口食べた薫ちゃんが、えらく感激してくれて、そんなに気に入ってくれたのなら、今度家に食べにおいで〜と、声をかけたと。
それから、大学の近くに住んでいた私の部屋には仲間がよく集い、狭い部屋でみんなでよく食事をするようになったものです。
ある日、薫ちゃんだけの為に食事を作る日があって、彼女がやってきた時、一口食べた彼女が言った言葉「みっちゃん、あのな、私、泣きそうになってきた。料理食べて、泣きそうになったことは初めてやけど、なんか、この料理食べて、涙が出る」と。
その日の事を薫ちゃんは日記に書いたと言っていました。私も鮮明に覚えています。
共に食べて心が通じる。その人の為に心を込める。その思いを食材は受け止めてくれるのですね。
食は命。本当にそうなのですね。食に助けられ、励まされ、元気になれる私達。
こんな感想を書いてくれた薫ちゃんに励まされ、これからも私は食を大切にしようと思いました。そして、ライブか〜!じゃあ、もっともっと、楽しもう!と、ワクワクもしてきました。クッキングライブ!どんどんやりたいな!
いつか、日本でもしましょうかね!

★おしまいに★

自分の周りに温かい人たちがいる。色んな人に出会って、愛をもらう。みんな違うけれど、みんな大事で必要な人たちばかり。
離れていてもこうして会いに来てくれ、素の私がこんなにも喜ぶ時間を過ごせる。
友だちは素晴らしいですね。帰国後届いた薫ちゃんからのメイルは私宛、トニー宛、レン宛とに分かれていて、特にトニーにあてた文章には感激しました。「みっちゃんがいう「私にとってトニーの存在は大きい。」という言葉がこの4日間で本当によくわかりました。もちろん、みっちゃんにとってもは何より大きいでしょうが、それと同様、トニーを取り巻くすべての人にも同じことが言えると思いました。それは、トニーの大きな愛に包まれた経験があるからだと思います。もちろん、自分もその経験をした一人です。トニーのマッサージを受けて、トニーの行動ひとつづつにしみこむ愛を感じました。今、とてもhappyです。」
そう感じ、又そう伝えてくれた薫ちゃんの愛を一杯感じます。あなたを友人にもてたこと、大きな喜びです。

無限なる友情

2004年3月10日(水)

鯨と龍

一昨日、夢を見た。家の前の海に何頭かの鯨が来ている夢だった。翌朝、海をみながら夫に夢の話をした。
午後、セッション中、ふっと視線を海に向けた時、潮を吹くのを見た。あ〜〜〜〜〜!!鯨だ!
セッション中だったけれど、クライアントさんに「鯨が来ていますよ」と告げ、二人で海を見た。やっぱり、鯨だ〜!潮を吹きながら、海から黒い背を見せている。あ〜!今年初めての鯨を見た!!
夢が正夢となり、なんだか嬉しい。
私は子どもの頃から何故か龍にひかれ、雨雲を見つけると「必ずあの雲から龍がおりてくる」と信じ込み、幼い頃、雨が降りそうになるとワクワクどきどきしながら、空を見上げていたのだ。龍への思いいれは今でも心にあって、思うだけでその魅力に心惹かれる。
大人になってからも、鮮烈な印象を受けた「龍の子太郎」のお芝居を見に行くほどだったのだ。
私のマッサージを受けて龍をイメージする方もおられるようだけど、本当は・・・・私は龍になりたいと思っている。(^^)

20歳をすぎてから鯨にも惹かれ始めていた。一時、私の鯨好きを知っている友人達からのプレゼントは鯨だらけだったほど。(^O^)
夫は前世で真っ黒い鯨だったことがあるようだ。彼がワッツという(water shiatsu)を受けている時に立ち会った時、鯨がジャンプするようにプールの中でトニーが舞い上がったのだ。それを見た時、「トニーは鯨だ〜!」と確信したが、ワッツが終わって、トニーは私に言った「僕は、昔、真っ黒い鯨だったことを思い出した」と。「そうだよそうだよ!私もみたからね!」と言った。
大好きな鯨にいつか会いたいと思っていたけど、その鯨はトニーのことだったんだなと思えた。
トニーは愛犬レンの目を見て「レンの目は鯨の目だ」という。トニーはダイバーで鯨と一緒に何度もダイブしているのだ。鯨にはとても詳しい。
私はトニーの目は鯨の目だと思っていたのだけど・・・と、言うことは?トニーとレンの目はに・て・る??

トニーも鯨でレンも鯨〜〜!?なんだか、面白い。
鯨探知機を使って舟に乗って鯨をみるのではなく、いつかどこかで偶然に・・・という事を思い描いていた。まさか、自分の住む家から鯨が見えれるとは、思いもしていなかった。それに夫と一人息子が鯨だとも〜!
兎に角、鯨の季節だ〜〜!!
空には龍、海には鯨。(あ、家にも鯨が2頭いる!)きっと、私の家からその両方が見えると信じている。

・・・と、ここまで書き終えて思い出した。以前、我が家にチャネリングをする多田いのりさんが来られた時、私に言われ、そして私のエネルギーをよんで絵を描いてくださった。「みつこさんは、龍のエネルギー。トニーは鯨」あ〜〜〜〜!そう、言われたのだった〜〜〜!!

2004年3月8日(月)

母と父のエネルギー?

レンはトニーと遊ぶのが大好き。トニーが帰宅する時は、「君は鳥ですか〜?」と尋ねたくなるほど、びゅ〜んと飛んでいく。
今夜は夫とレンがダンスをしていた。あまりにかわいい二人(一人と一匹!)なので、写真を撮った。たまゆらも回りに弾け飛び、なんだか二人のエネルギーはハッピーモード。

トニーは以前から朝型人間で早寝早起きの人。まだ、赤ちゃんのレンもオネムタイムは早く、夫と同じくらいの時間ににウトウトしている。私より先にトニーとレンがベッドに入っていることが多いのだが、レンは私が寝室から離れて、台所やリビングで仕事をし始めると眠っていたはずなのに、必ずおきて私の後をおう。そして、下で仕事をしている私の足元で横になっている。
子どもは眠る時は、母親を求めることが多いけれど、どうやら犬も同じ・・・
まあ、我が家がレンを子どものように扱っているからなのかもしれないが、父親と母親が出すエネルギーは違うように思う。
私が隣にいて、初めて熟睡するレンを見ていると、この子が私に求めているものは何なのだろう?と思う。
私の姪が生後まもなくの時、泣き始めたので、私が抱き・・・泣きやまず、で、母(祖母)が抱き・・・泣きやまず・・・
でも、姪の母である妹が抱いた途端、ぴたりと泣き止んだことがあった。私は母と顔を見合わせ、母親には勝てないね〜、こんな小さなまだ、目もはっきり見えない赤ちゃんが、肌感覚で母を知っている。母に抱かれて安心して眠る。あの日の事をレンを通じても思い出したりする。母に抱かれて眠ることは無償の安心なのかもしれない。
今、このダイアリーは寝室で書いているが、ベッドでは既に夫とレンが寝ている。これを書き上げたらそろそろ私も寝ようと思うが・・・
そ〜〜〜と、椅子から立ち上がってみると・・・

やっぱり、レンはパッチリと目を覚ました!寝る準備をする洗面所にもきっとついてくるはずだ。いや〜、そんな一人息子レンなのだ。
ミニチュアプードルなので、スタンダードサイズにはならないけれど、育ち盛りのレンは体重も増え、大きくなった。
ドッグフードではなく、手作り食を食べさせているが、獣医さんはそれを知らない。(^O^)ドッグフードは完璧だから、手作り食はやってはいけませんと、言われたのです。その獣医さんから一昨日、「大変、健康ですね!申し分ないですよ」と言われて、私は内心うふふふふ・・・なのだ。
自分の感じる食への思いで色々調べたり教えていただいたりしながら、やはり私は手作り食をレンに食べさせようと決めた。
母になった以上、子どもの健康状態を把握するのは努め!と、お役目をしっかり果たそうと思っている。
「レンちゃんの写真を沢山HPに載せてくださいね!」という嬉しいお便りをいただき、これからも親ばか美津子とレンとの生活を綴らせていただきますね。

2004年3月7日(日)

ある日のセッション(メルマガ60号にて掲載)

シアトルに在住のMさん(男性)が久しぶりにセッションを受けに来てくださり、Mさんとのセッションで本当に体のけなげさ、そして心との繋がりを感じさせていただきました。Mさんからフィードバックを頂き、了解を得ましたので、私の感想も加えてご紹介させていただきます。

★Mさんからのフィードバック★

「シアトルからロサンゼルスへの出張の機内で、ふと美津子さんのことが頭に浮かびました。多忙な毎日で、体も心も疲れきっていたのだと思います。久しぶりにエサレンマッサージを受けてみたくなりました。 ロスに到着してすぐに電話をしてメッセージを残すと翌日電話があり、時間を作ってくれるとの事。 久しぶりに美津子さんとトニーさんにお会いできること、また、あの夢の世界に入れるという思いでワクワクした気持ちになりました。

美津子さんに初めてマッサージをしていただいたのが2年ほど前、それから旦那様のトニーさん、今回が3回目のエサレンマッサージでした。 キャノン夫妻からマッサージを受けるときはいつも身の回りで色々な事があり、心身ともに疲れきっている時でした。 きっと心の中から、「僕の心と体をもっといたわってあげて・・・」と信号を送っているのだと思います。

私は、エサレンマッサージを受けているとき、幽体離脱のような状態になります。意識ははっきりしているのですが、魂が体という鎧から解放されて、宙に浮いているような気持ちになります。ところが今回のマッサージではそのような状態にはなれないのです。マッサージをしてもらっていることは気持ちがいいのですが、一向に心が開放されてこないのです。マッサージも終わりに近づいたころに、美津子さんが私の肩の一点にずっと指を置いているのを感じました。ずいぶん長い時間その一点だけを押さえていたと思います。

マッサージを終えたあと、いつもならほんの数分で起き上がるのに、今回は起き上がることができないのです。体に力が入らず、エネルギーを一気に使い果たしたような脱力感でした。 あとから美津子さんに聞いてわかったのですが、右肩に大きなストレスの“かたまり”があり、そこから「後ろを振り返ったらだめだ。前を向いてがんばらなくちゃ」と言う声を聞いたそうです。そして、彼女はそれを溶かしてくれていたのだそうです。

  今回のマッサージでは夢の世界に入ることはできませんでしたが、シアトルへの機内では本当にくつろぐことができました。 自分をいたわってあげることの大切さを実感した今回のマッサージです。美津子さんには感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。次回のマッサージでは何が起こるか、楽しみにしています。」

★体からの声★

Mさんの肩に触れた時、硬さはビー玉のようで大きさは直径4cm位の塊がありました。あまりの硬さに驚きました。
この塊がある限り、彼は深いリラクゼーションには入れない。自分で自分を解放しきっていないと感じたのです。
彼は明日ロスを離れられるわけですから、兎に角、今日渡せることに全力を尽くそうと思いました。この塊は運動系からきたものではなく、ストレスから来たものであること感じ、ボディトークをしました。すると直ぐに、彼自身が自分に厳しく言い聞かせている波動が流れこんできて、「弱音を吐いてはいけない、過去を振り返ってはいけない」という、少々スパルタパパ(笑)になって、体と心に言い聞かせている感じが伝わりました。あ〜、こうして頑張ってこられたんだなぁと、受け止めた私は、その思いに対しての受容と共感を渡し。そして、今のMさんの体の波長に必要なエネルギーを言霊もつかって、流し込みました。
かなりの長い時間、私はその塊にフォーカスしました。ずっと指が離れないのです。すると、そのビー玉は少しずつ私の指の向こうで溶けていくのです。あ〜、溶けている溶けている。Mさん!溶けているね!受け取っているね!と、私は心の中で声をかけていました。思いと体が繋がっていく瞬間は感動的です。祈りが「気」というエネルギーとなり、流れ込んでいくのです。そして、それを体が受け取っていくのです。受け取った体は変化します。見事に一つになっている変化の過程を体感する時、体という宇宙を感じ、又愛という言葉がぴったりのエネルギー体を体に感じるのです。

★祈りのある暮らし★

それを受け取れるMさんの感性が柔らかであること。この「素直」な本質が何よりも大事であること。それもとても感じました。
人間、素直であることは大切です。素直な波動は柔らかで、吸収力がよく、変化が早い。
彼は「今、生活に祈りをもつようになれました。その日の感謝の気持ちをもてるようになれました。」とフィードバックの時間に言われました。あ〜!やっぱり!と思いました。彼が生活の中で祈りを持つということで、体は分かっている。祈りと感謝のエネルギーを流し受け取っている彼の日常。だからこそ、今回のセッションでも、祈りのエネルギーはダイレクトに彼に流れたんだなと。共鳴するのがとても早かったのだなと思いました。
私にとってもヒーリングは祈りの時間です。私にとって祈りは「宗教」という枠をはずれ、エネルギーの世界です。
生活に祈りを持てることは、素晴らしいことだと私も実感しています。
そんなこともこのセッションを通じて感じました。
本来愛一杯の体。私達に与えられたこの肉体、なんて愛しいのでしょう。

★「ごめんなさい」と「ありがとう」★

時に私達もMさんのように体と心に厳しく言い聞かせ無理をさせてしまう事もあります。でも、そんな自分も責めずに、少し、立ち止まり、気づけばいいのだと思います。気づけば「ごめんなさい」と「ありがとうございます」が生まれます。その繰り返しでいいのではないか、そうして成長していくのだと思います。
私の出来ることは、その立ち止まる時にご一緒し、少しお手伝いをすることなのかもしれません。
又、歩いていかれる後姿を見送って・・・

Mさんに、無限なる感謝を。

2004年3月4日(木)

ダールマ・・・

(メルマガ59号にて発行)

ロスに来て、家族ぐるみで仲良くさせていただいているMちゃん一家。Mちゃんと、ロスでご縁が繋がった時、「あ〜、同志だぁ!」と感じた。 Mちゃんのお姑さんと初めてお目にかかった時、私の母にとても似ていてドッキリとした。なんだか不思議なご縁で、今も仲良くさせていただいている。今年に入って久しぶりにMちゃんご夫婦が揃ってマッサージを受けに来てくださり、トニーと私とでダブルマッサージをさせていただいた。
最後にハンドヒーリングで4人の手を繋いだ時、何故か私の中にこみあげるものがあった。理由は分からないけれど、大きな光に包まれていく感動があった。「ダールマ」という言葉が私の中で響いていた。どういう意味かなぁ??と思っていたら、ご主人様があとで調べてくださって、「真実の」という意味だと判明。
4人が繋がった感覚がとてもあり、グルグルとエネルギーが回った。ご夫婦も後で同じ事を感じたと伝えてくださった。
私はセッションの後、ものすごい眠気に襲われた。
大きなエネルギーが流れた時は、時にこのような眠気が襲う事がある。目には見えずとも生まれ、流れ、動くエネルギー体は私達のそばで変化し、生きている。
ご夫婦共にとても感性が豊かで、フィードバックはいつも興味深い。Mちゃんはいつもマッサージ中に号泣する。(^^)
ご主人様は初めて私とトニーのマッサージを受けられた時に、私とトニーがインディアンだった時のビジョンを見られた。二人とも男性でどちらが私でどちらがトニーか、何故か分かると。そして、その時も二人でこのようにヒーリングをしていたと。ご主人様はご自分がこのようなビジョンをみるような体験をされたのは、初めてだったそうで驚かれていたけれど、体験はどうしようもない「事実」となり、理屈では説明できないものを感じておられた。「不思議だけど、事実です」と言われた言葉を記憶している。
そして、何より興味深いのは、このご夫婦はマッサージ中にお二人で同じビジョンを見られたと言うこと。
私とトニーがインディアンだったということ、二人ともインディアンンの時代にも人の体を触っていたこと。そして私はその昔、死に行く人を看取るというか、死を直前にした人の死への恐怖を癒す仕事をしていた姿を見たと言われる。
その同じビジョンをご夫婦で感じられた。不思議なことです。
ご主人様は弁護士さんで、このような過去生や精神世界の体験を自分がすることに対して、不思議がっておられたけれど、彼は本質的にハートの開いた、愛の人だと私はすごく感じていて、「ネクタイ菩薩」的存在だと思っている。
彼のような人が弁護士となり、会社員となり、医者となり・・・と、ネクタイをした菩薩エネルギーが増えることはとても嬉しい。幼い時の経験で彼は愛=神をどこかで知っておられる。それが彼の中にある事を、私は彼のエネルギーから感じるのだ。だから、彼といると、何故か安心するというか、言葉はいらない気がする。
ネクタイ菩薩のご主人様と澄んだ感性のMちゃんご夫婦のこれからは、彼らが夫婦となった意味を開花させていかれるだろう。楽しみだ。

★意識★

昨日、Mちゃんとやり取りをしていて、日本でのある経験を思い出した。地下鉄で毎日仕事に出ていた私は、ある日、どこからか私を見ている存在を感じた。回りを見回した時、私を見ていたのは、ある植物。「観音竹」だと分かった。
地下鉄に乗る多くの人たちの中で多分、殆どの人の目に触れることもないその植物。
その目を感じ、波動をあわせた。すると、バイブレーションが流れてきた。
「ただ、私を見てくれるだけでいい」と。「それだけで、自分は嬉しい」と。そんな波動だった。私はそれを感じて、歩きながら涙が出てきた。
観音竹のもつ、孤独とその存在。ただただ、そこにいるだけの植物。こんなに多くの人がいるけど、誰も意識を向けることはない。
でも、そこにいる観音竹。
それから、毎日、私は視線を投げかけるようになった。
「おはよう」とか「今日も、ありがとうね」とか「ただいま」とか。ただ、それだけだけど・・・
植物はただそこにいて、動かない。けれどみんなを見ている、見守っている。
それが彼らの天命かもしれないけれど、でも、それでも交流があれば、やはりもっと命は輝くってことを知った。

全ては「意識」なのだと思う。生きているもの全て、意識がある。その命に意識を向ける。すると交流が生まれる。自然は常に私達を見ている。私達が意識を向けると交流が出来る。自然ってそういうものだと思う。
私達は意識していないことがとても多い。
肉体に対しても。あまりにも、当たり前に動く肉体に対して、意識をすることを忘れがちになる。
でも、意識を流せば肉体はもっともっと喜ぶ。気の循環はそういうことだと思うのだ。
そうして、自分以外の命に意識を置く人が一人でも多くなると、命と命は繋がり出すのだと思う。

春は命の輝きの季節。自らの中がワクワクとする躍動感に包まれる。私達の中にも四季があるようだ。私の春を私の中に迎える準備が始まっている。

2004年3月3日(水)

HP開設1周年・感謝です。

3月3日で、HP開設1周年。あっという間の一年でした。
改めて、HPに協力してくださった、サンフランの高原操ちゃんと、表紙の菩薩さまを描いてくださった、まるちゃんに感謝。
そして、このHPを訪れてくださる全ての皆様に感謝です。
これからも、表紙の菩薩様に見守っていただきながら、伸び伸びと活動を続けたいと思います。
どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。

無限なる感謝

2004年2月25日(水)

平和な生活

今日はレンのお話を〜。
今日で3ヶ月になったレンとの暮らしは、私と夫の暮らしをとても豊かにしてくれるている。動物を飼われているお宅はきっとそうだと思うけれど、彼らはただ、そこにいるだけで平和のエネルギーを流してくれる。
特に彼が眠る時、そして眠りから覚める時、レンは私達に一杯の微笑をくれる。
レンは私達と一緒に眠っているが、トロトロと眠り始める時のレンを夫としばし覗いている。それはかわいい瞬間なのだ。そして、朝。私達と同じくらいの時間に目が覚めるレンと、ベッドの中で会話をする時間。彼はおなかを上に向け、足を伸ばしながら私達にキスしてくれる。

「美津子さん、お顔が緩んでますよ〜」と友人達に言われるが、正しくです。(^^)
親ばかですみませ〜〜ん。
おしっこが出たと言えば喜び、ウンチをしたと言えば喜ぶ私達夫婦。ウンチが硬いか柔らかいかチェックし、消化状態をみる。レンは日々成長。赤ちゃんを育てている気持ち。
私の母も言っていた「あなたがウンチをしては、私は喜んでいた。オムツを汚すと直ぐに洗い、決して汚れたオムツをためることはなかったよ。でも、それが幸せだった」 私も一番幸せに感じることは、小さな命の為に自分の時間を使えること。レンの食事やトイレの世話、毎日のブラッシング、ボール遊びや日々の会話。そんな時間は平和な時間。ブラッシングの時にレンを抱いていると、毛づくろいをする母犬のような気がしたり、又おっぱいをあげてるお母さん的な気分になって、とても彼と近くなる。不思議な感情だ。
人間の手がなければ彼らは生けていいけない。赤ちゃんと同じ。ただ「エサ」をやるだけでは生きてはいけない。
忙しい時間の中にレンに対する「平和な時間」を作り出す。それは私の生活を豊かにさせてくれた。
お母さんが子どもに料理をする時間、お風呂に入れる時間、子ども達の洗濯をする時間。そんな日常の時間はなんというか、とても穏やかで平和な時間。私が姪や甥を小さな時によく預かっていた時も、いつもそう感じていた。彼らの為に使う時間は平和だと。
今もレンは「マミー、そろそろ寝ようよ〜」とパソコンを打つ私の足元で顔を向ける。
今夜も川の字で眠る我が家である。

2004年2月21日(土)

アメリカの家族

夫トニーには、仲良しの妹がいる。彼らは幼い頃からとても仲がよく今もお互いへの思いやりはみていても素敵なほどだ。
妹の名前はスージーといい、今年60歳になる。彼女のバースデーサプライズパーティーが開かれた。トニーとスージーのご両親もお兄さんも既に他界し、二人だけの兄妹。いつも、人の為にサプライズパーティーを開くスージーに今回はギフトされた。

私たちは2年半ほど、スージーと共にCambriaという小さく穏やかな街で暮らしたことがある。今もスクールカウンセラーとして彼女はCambriaの学校で働いている。
この日は近くに住むおばさん夫婦も出席され、85歳とは思えないおばさんの美しさと頭の回転のよさに嬉しくなる。

私はこの家族と会えるのがとても嬉しい。あ〜〜、家族だなぁって感じる。
交わす言葉やハグの温かさ、まなざし。それらがとても心地よい。
サプライズパーティーでお店に来たすージーの驚きと喜びの顔を見て、みんなが涙ぐんだりしている。トニーはスージーのことを「天使のような人」と言っている。いつも人のことを考え、人が喜ぶことに全力を尽くす。クリスマスには一人一人に手作りのエンジェルをプレゼントするスージー。
私も思っている。「あなたこそ、エンジェルよ!」と。
60歳には到底思えない若々しさで、ナチュラル志向の彼女に私はクスクスのケーキを作って飾った。

本当は亡くなったトニーとスージーのご両親に会いたい。アメリカで「マミー」と呼べる人に会いたかった。
異国は時に淋しくもある。日本の家族を恋しくもなる。
でも、トニーと出会ったことで私にはここにも家族が出来た。大好きなスージーやジョーンおばさん。

トニーと一緒にならなければ、出会う事のなかったこの家族。この夜もトニーと私のバックには沢山のたまゆらが出現している。
なんとなく、分かる気がする。この夜、私もトニーもとても幸せで。この家族の和が喜びの和になっていたから。
ハッピーバースデー スージー!!

2004年2月13日(金)

紐解かれる記憶

今年からお煎茶会がより進化し、お招き会へと移行していった。
お茶を通してその奥深い世界に魅了されていったが、作法を学びながら私は自分の中の本能的欲求を感じ始めていた。
それは、このお茶が「道」という形になる前の「思い」を呼び起こしたいということだった。
全てのことには始まりがあるように、文字が生まれたことにも意味があり、始まりがある。道の始まりにも、始まる前の心の世界がある。私はそれに触れたい。
そこには、大事な大事な宝物が眠っているように思う。それを思い出したいという私の中の欲求。
人をお招きするという心。もてなす心。繊細な精神的気配り、愛、思いやり。
一杯のお茶にも癒しがある。どれだけの言葉を並べられるより、一杯のお茶を差し出されることで癒されることがある。
初女さんのおむすびと同じだ。その原点へと思いを繋げたい。そんな気持ちが日に日に強くなっていった。

私たちは現在、NPOを立ち上げようとしているが、その目的の中に「形になる前の思いを伝えたい」という事がある。
日本には素晴らしい「道」の世界が色々とあるが、その道が形になる前、どのような思いからそれが始まったのだろうか?
いつしか・・・その思いから外れて、形にこだわり、作法にこだわり、枠に入った世界にいついてしまうこともあるかもしれない。
私はアメリカに来て、日本人としての本能的なものが触発されることが多くなった。飢えたように感じたい情緒の世界、間の世界、潤いの世界。それらを求める思いは日本にいる時に比べて大変強いものになっていった。
でも、その自分の本能的思いから、私にはいくつもの気づきがあった。
日本人であること、日本語を母国語とすること、日本がもつ、和の精神。
あの美しい禅的動き。間の素晴らしさ。繊細なもてなしへの心遣い。
やはり、それは感動に値する。日本の本来の世界はなんて美しいのだろうか。
私はその私の中の日本人として持ち、流れる本能的欲求があることに気づき始めている。

そんな私の中の思い。仲間に公言した時は「その思いを非営利的活動として形にしたい」という事だった。賛同してくれた仲間たちと今、NPOへの立ち上げの勉強会を始めている。
私は、どうしても自分の中で知りたい。「どうして、私はアメリカに移り住む縁をもらったのか?夫がアメリカ人だったから?それだけの理由で私はアメリカにいるのか?私が日本人として生まれ、育ち、そしてアメリカに移り住むことになった深い理由は?」それがずっと疑問だったのだ。
でも、私は、分かり始めている。そして、今年はそれを開花させていくことを決めた。
私は今、自分が日本人であることが嬉しくてたまらない。この体に流れる日本人の血が愛しい。
アメリカはアメリカだけでは、バランスがとれないと私は感じている。そのバランスをとる鍵を握るのは、アジア東洋のエッセンス。単なる西洋と東洋の統合ということだけではなく、「繋ぐのは、和の国。日本の知恵」だと思うのだ。
大地の中の和の力と大地の上の見事な幹が強く結びつくこと。そのどちらだけでも、不完全な気がする。

アメリカに来て見えた、アメリカ。そして日本。そして私の中の血。
私の体に記憶している事がある。思い出せることがある。誰が教えてくれなくても記憶されているその事を私はゆっくりと思い出す。
私にとって今年はじめるこの活動はその記憶の紐をゆっくりと紐解き、私の中を開いていくことになるだろう。
多くの縁ある出会いと必要必然の繋がりが生じるだろう。楽しみだ。

今日、私はそんな思いをベースにお招きのお茶会を開いた。イメージは「島」。インドネシアのどこかの島でお茶を楽しむビジョンが浮かんだ。
私はそんなビジョンで場を作り、みなさんをお招きする準備を始めた。この準備の間、私の心は平和で満たされ、一枚一枚並べた葉や花に心が和む。なんて、平和な時間なのだろう。私の中の平和活動だな・・・
自分を平和にさせること以上の平和活動があるだろうか。インドネシアの風のイメージ、わらぶきの小屋の中で床の上に布をひき、中央には神様がいる。そしてみんなでお茶をいただく平和な時間。
そんな時間を生活の中に作り、イメージ出来る喜び。小さな平和が広がっていく。
私の中の平和の声を聞きながら、人生折り返しのこれからを生きたい。

2004年2月7日(土)

☆君の勇気と行動力☆

愛犬、蓮(Ren)が我が家の家族として仲間入りして、2週間になりました。
彼を見ていて思うのは、こちら側の心の持ち方が全て伝わるということ。これはとても学びます。
トイレトレーニングの為に購入したフェンスで囲いをし、そこを彼のスペースときめ、トイレも一部その中に作りました。
フェンスに入れられた彼は、抵抗していました。それは自由の方がいいですよね。それに、何故自分だけがこの中なの?って理解出来ないのでしょうし。特にいたずらをするわけではないので、フェンスに閉じ込めるつもりはありません。一応、トイレの場所を教える為の道具として使ったのですが、トイレは覚えたけれど、フェンスの中に納まっているのはいやらしく・・・
私が2階で掃除機をかけていると、下から物悲しい声が聞こえてきます。なので、フェンスから出たいのだろうとは思っていたのですが、そろりと下に下りて見てみると、なんと彼はフェンスをおサルのようにのぼり、近くにあった椅子にわたり、その又隣の椅子にまでわたって、そこでぶらぶらと降りれず、助けを求めているのです!
まだ、レンは生後2ヶ月で、自分の背丈の何倍もあるフェンスを登るなどという、彼の勇気と行動力に私は思わず、「君はすごいね!」と、誉めていました。
人間とは違う動物ですが、何かとても同じようにも思うのです。特に関係の作り方に必要なこと。
それは、信頼と愛情。
相手が生後二ヶ月であろうが、私は仕事で2階にあがらないといけない時は、彼に頼みます。「ここで待っててね。お仕事してくるからね」と。最初は不安でもありましたが、私が不安または不信を彼にもつと、それが彼に伝わるように思いました。それに気づかされ、今、私は、レンに待ってもらって、自宅での仕事が出来ています。顔を見て、伝えると、彼はちゃんと待っている。うん、やっぱり信頼だなぁ〜と確認しています。

☆信頼と愛情☆

動物たちは私たちの話を全部、聞いている気がします。夫もそう感じるといいます。耳で聞くというのか、肌で聞くというのか、きっと赤ちゃんもその前の胎児の状態も同じではないでしょうか。
彼らは全部聞いている。言葉でなく、波動を感じ取る。それをとても感じます。
なので、夫とも「今まで以上に言葉を大事に使わないとね〜。なるべく光の言葉を沢山聞かせてあげたいね」と、話し合っているのです。
自分以外の命と共に暮らすということは、たとえそれが動物であっても共存するということであり、こちら側の都合を押し付けることでもなく、コントロールすることでもないと思います。
私たちにも私たちの暮らし方があり、動物にもそれがあり、それをどのように信頼と愛情で繋がっていくかだと、感じます。
しつけもまた、今、とても考えます。何をもってしつけか。どうしたいからしつけるのか。その目的は何なのか?
それを自分自身がわかっていることがしつける前に大事なんだと思います。
しつける前に、自分のことが問われる気がします。
重度の自閉症と呼ばれる子どもたちと長く接していた時も、それに近いことを感じていました。彼らに教えるということさえ、自分のエゴなのではないかと。彼らは既に彼らの生き方をもっていて、彼らの価値観があり、文化のようなものさえある。
それはただ、私たちと少し違うだけ。その違いを認めているのだろうか?ただコントロールしようとしていないだろうか?教えるという立場の自分自身におごりはないのだろうかと、よく感じていました。
レンに対しても、同じようなことを思います。
こんな小さな命から日々、沢山の気づきと学びをもらいます。私たちのとってレンはペットという感覚はありません。
不思議で楽しい発見の連続ですね。